「アイディアを世に送り出したい」story_gp

ご依頼の背景

B社は千葉市の支援を受けて創業したベンチャー企業。創業者の前職は某通信社の編集局。そこでの経験からヒントを得て起業するが、その構想はインターネット上で写真流通市場を運営するというものだった。ITに詳しい右腕がいないため、システムへの要望をうまく業者に伝えることができず、システム開発のパートナー探しの段階で準備が滞っていた。また資金的な問題で開発予算の段階であきらめざるを得ず、構想そのものが危うくなっていた。

 

明らかな予算オーバーとあきらめきれない想い

クライアントの話を聞くと、ある中堅のソフトハウスから貰った見積もりを見て、もうあきらめようと思ったと云う。実はそのまえにも数社に相談したが、どこも似たような返事だった。まずは明らかな予算オーバー。システム開発費用として1,000万円以上の資金準備は想定外だった。また人月計算の見積書だけではどのようなシステムを作ってもらえるのか見えてこない。こちらの希望がどれだけ伝わっているかまったく不明だった。伝え方が悪いのが、相手の理解が足りてないのかさえも分からない。自分自身ITには疎いことを自覚しているため、ITの専門家と話をすること自体に違和感を感じるという。

 

このシステム開発は、後に難産の苦しみを味わうこととなる。この苦難の道のりは、このようなクライアントとの出会いから始まった。オフィスで向いあって座った私は、父と息子くらいに年齢に隔たりがあるのに、波長が合うというか全然違和感なく遠慮なく話せることに驚いた。

 

何とか世に送り出したい

構想をかいつまむと、写真の提供者と利用者が居て、ニーズにあった写真を注文したり検索して購入することが可能。また提供者はサイト内で展示スペースを設けることができ、特ダネやスライドショーなど切り口を変えて表現することを可能としたい。こういったことをシステムの中で実現したいという内容だった。クライアントが今まで某通信社で働く中で見てきた世界観、写真への熱い想いが凝縮されていた。 話を聞いているうちに、なんとか日の目を見られるようにしたい、という気持ちになってきた。

 

「話を伺う限り1,000万円という予算はいい線ですが、うちはその1/3でやってみましょう。但し条件があります。プログラマやクリエイターのほうにも抑えた予算で頼むので、集中した期間を拘束するような仕事はできません。つまり納期については、倍の期間がかかることをご了承願えますか。あと前提条件だけお互いに決めておいてそこから先は、基本こちらに任せてください。また、あいまいなところはなるべくこちらで拾い上げますが、枝葉はどんどん切っていきます。それも了承願えますでしょうか」

 

この日からプロジェクトがスタートした。 後日談だが、この出会いが無かったら、構想をあきらめて事業をたたむつもりだったと云う。

 

クライアントと制作チームとの間の見えない壁

仕様を確定するために、打ち合わせと並行して、まずプログラマにモックアップ制作を頼んだ。彼は典型的な職人プログラマで、家作りに例えるなら図面や基礎工事無しにいきなり玄関だけをきれいに完成させてしまうようなスタイルを取っていた。 そういう彼にシステム全体をまず俯瞰させるような仕事を頼むのは冒険だった。しかし彼は使い手にとても思いやりのあるシステムを組む。エンジンがかかり始めると仕事がとても速いし、それでいて細部にわたって気が利く。しかし案の定、モックアップは3週間経っても上がってこなかった。一人で悶々と悩んでいるので、こちらからブレストを何度となく仕掛け、彼の思考の手助けをした。1ヶ月が経ちようやく待望のモックアップが上がってきた。データベースの構造を考えながら組み立てていたため時間がかかったらしい。彼らしい仕事のやり方である。

 

この日を境に議論が一気に加速し始めた。しかし仕様の固まり具合にはとてもムラがあった。クライアントと制作チームとの間には大きな壁があった。 それは「共通言語の少なさ」である。どうしても制作側が説明するときにはある前提が付きまとう。それは相手が理解していて当たり前という前提だ。たとえばブラウザの動きやふるまいというのは、毎日パソコンを使うユーザであれば非言語的な感覚として身体で覚えてしまっている。マウスでクリックするという概念もしかり、画面をスクロールするといった基本動作もしかりである。なので「スクロール」という言葉で相手に話が通じてしまう。それに慣れてしまっているため、スクロールって一体何?というところからの話しになったときに、実はなかなかうまく伝わらないということに陥ってしまっていた。それは1+1=2を説明する難しさに通じるものがある。

 

専門用語は一切使わないようにというのが、このプロジェクトでの共通ルールであったが、実はそれ以前のところにハードルがあった。こういったこともあって一回の打ち合わせに半日を費やすことは当たり前だった。決まるところはスムーズに決まりつつも、何度もこの障害にぶつかり検討が停止する。 クライアントも制作チームもストレスを感じ始めていた。

 

むしろ言葉は理解の妨げ

しかしあるとき光が射した。クライアントは今まで写真の世界で生きてきた。一方でプログラマは抽象的な概念をコードに描くという世界で生きている。この両者が工夫なくコミュニケーションしても難しいのは当然だ。写真の世界の人に伝えるには、視覚に訴えるのが一番ではないか。むしろ言葉は理解の妨げになるかも知れない。 視覚ベースでのコミュニケーションスタイルでやってみよう。 つまり先のスクロールの例でいうと、壁に紙を張って、手で枠組みを作り上下に動かしながら見せてみる、というふうになる。試してみると充分な効果があった。こうした思考錯誤を重ねつつ、プロジェクトは佳境を迎えた。

 

デザイナから上がってきた画面サンプルをもとに、サイトのイメージを確定し、いよいよシステムとしての姿が見え始めてきた。ブラウザの種類によって挙動が変わったり、文字コンテンツを反映するタイミングを巡って、喧々諤々しながらも、ようやく形になってきた。クライアントとは酒を酌み交わすこと多々もあり、何でも言い合えることが良い方向に作用したように思える。

そうしてシステムは出来上がった。写真家とのコラボーレーションも既にクライアントのほうでお膳立てが済んでいたためコンテンツも順調に集まった。 こうして新しいサイトは静かにオープンした。

システムリリースその後

サービス開始以降、プロの写真家及びプロを目指す写真家の支持を静かに集め続け、保有写真点数は約○万枚を誇るようになった。写真家達の表現の場としても活用されており、スライドショーなどを見にくる訪問者は一日に○人を超える。コンセプトに共感した方のみが写真を掲載するという自然的な選別作用が働き、掲載写真のクオリティは他のサイトと明確に一線を画する。ビジネスとしての大きな展開は未だ未だであるが、無くてはならないサイトとして存在感を増している。