システム内製化で最初に作るべきものはシステムではない|ENEOS・三井住友信託銀行・みずほ証券に共通する成功法則

近年、「システム内製化」という言葉を耳にする機会が増えました。

生成AIの普及やDX推進を背景に、「これからはシステムを自社で開発できる会社にならなければならない」と考える企業も少なくありません。

しかし、本当に内製化を成功させている企業は、最初から開発組織を作ったり、エンジニアを大量採用したりしているのでしょうか。

実は、答えは違います。

ENEOS、三井住友信託銀行、みずほ証券――業界も規模も異なる3社の取り組みを見ると、共通しているのは「最初に作ったものはシステムではなかった」という点です。

「目的を明確にし、小さく始める」――こう聞くと、多くの経営者は「そんなことは分かっている」と感じるかもしれません。問題は、分かっていてもなぜ実行できないのか、なぜ判断がベンダ任せになってしまうのかという構造の方です。

本記事では、日経コンピュータに掲載された3社の先進的なアプローチをもとに、「なぜ大手企業は内製化に成功できたのか」、そして「中堅・中小企業が限られたリソースの中で、その成功法則をどう移植すべきか」を、ITプロジェクトの判断支援を専門とする当社の視点で解説します。

※本記事は、『日経コンピュータ』2026年6月25日号に掲載された3社の事例を参考に、各社の公開情報も踏まえながら、当社の視点で共通点を整理したものです。


3社に共通する「最初の一手」は、システムではなかった

「内製化」と聞くと、多くの企業は次のような順番を思い浮かべます。

  • エンジニアを採用する
  • 開発環境を整える
  • AIを導入する
  • システムを自社開発する

しかし、成功している企業は逆の順番で進めています。

  1. 課題を明確にする
  2. 目的を定める
  3. 組織を育てる
  4. 必要なシステムを作る

つまり、システムは最初に作るものではなく、最後に生まれる成果物なのです。


成功法則① 最初に決めるのは「何を作るか」ではなく「何を変えたいか」

ENEOSの事例で最も印象的だったのは、「内製化そのもの」を目的にしていなかったことです。

同社が目指していたのは、研究開発を高速化することでした。

複数拠点で行っていた実験データの収集や分析を効率化し、研究サイクルを短縮する。そのための手段として内製化を選択しています。

具体的には、中央技術研究所内にある蓄電池や水素製造装置といった実証設備を対象に、機器の稼働状況を遠隔から監視・収集できる研究用のデータ収集・管理システムから着手しています。事業全体を左右しない、研究所内で完結する小さなスコープです。

「システムを作りたい」

ではなく、

「研究開発を速くしたい」

という経営課題が先にありました。

この順番は非常に重要です。内製化は目的ではなく、経営課題を解決するための手段です。

これは中堅・中小企業でも同じです。例えば、

  • 見積作成に時間がかかる
  • 在庫管理が属人化している
  • Excel集計に毎月数日費やしている

こうした課題を解決することが目的であり、「自社開発すること」自体を目的にしてしまうと、内製化は失敗しやすくなります。

参考情報:ENEOS「エネルギーマネジメント」(一次情報)/TDCソフト「社会課題を解決する研究開発を加速させるためTDCソフトをパートナーに『アジャイル』をフル活用」(二次情報)


成功法則② 最初から大きく作らない

ENEOSでは、「失敗できるスコープ」を意図的に設計していました。

システムが止まっても事業全体へ影響が及ばない範囲から始め、チームが学習できる環境を優先しています。

これは非常に重要な考え方です。内製化の本当の成果は、完成したシステムではありません。

試行錯誤を繰り返しながら、

  • 要件を整理する力
  • ユーザーと対話する力
  • システムを改善する力

を組織が身につけることです。そのためには、「失敗できる余地」が必要になります。

中堅・中小企業であれば、

  • 日報入力
  • 承認ワークフロー
  • 営業資料管理
  • 売上集計

など、小さな業務改善から始める方が、結果的に成功率は高くなります。


ベンダを使いながら、小さく内製化を始めるという選択肢もあります

「内製化したいが、エンジニア採用や開発体制の構築は現実的ではない」という企業も少なくありません。

その場合は、開発はベンダに任せながら、自社が企画・判断を担う方法もあります。

システム内製化の現実解|ベンダを使いながら外注依存から抜け出す方法


成功法則③ 最初に育てるべきなのはエンジニアではなく「理解者」

3社に共通していたのは、人材への考え方です。

  • ENEOSでは「理解者」
  • 三井住友信託銀行では「上流工程を担える人材」
  • みずほ証券では「AIを使いこなせる人材」

いずれも、「プログラミングができる人」を増やそうとしているわけではありません。

共通しているのは、

業務を理解し、何を作るべきかを判断できる人材

を育てようとしている点です。

AIがコードを書く時代になったからこそ、「何を作るべきか」を決める人材の価値は、以前より高まっています。


成功法則④ 競争力を生むのは「上流工程の内製化」

三井住友信託銀行は日経コンピュータのインタビューで、

「上流の内製率100%」

という非常に印象的な方針を掲げています。

同行はこの方針の背景として、金融ITサービスを強化するうえで「業務・IT双方の知見を持ち、業務に寄り添って適切なシステムアーキテクチャを定められる高度IT人材」の育成・確保を最重要課題に掲げています。

だが、これは単なる人材育成のスローガンではないと当社は見ています。その本質は、要件定義やシステム構成の決定をベンダに委ね続けることで生じる「ブラックボックス化」と「主導権の喪失」を防ぐことにあるはずです。

仕様変更のたびにベンダ側の言い値に従わざるを得ない。システムの中身がベンダにしか分からず、身動きが取れない。多くの企業が警戒するのは、こうした「ベンダ依存の罠」です。上流工程の判断を自社に取り戻すことは、ビジネスの変化にシステムを追従させ続けるための、極めて実利的な選択だと当社は捉えています。

ここでいう「100%」とは、ソースコードを100%自社で書くことではありません。握っているのは、経営に関わる判断そのものです。

  • 経営戦略
  • 業務設計
  • 要件定義
  • 優先順位
  • 投資判断

つまり、「何を作るか」を自社が決めるということです。

開発そのものは、外部パートナーと協力しても構いません。重要なのは、システムの舵取りを誰が行うかです。

この考え方は、特に中堅・中小企業にとって現実的です。限られた人員で開発組織を抱えるよりも、判断と企画を社内に残し、実装は必要に応じてベンダを活用する方が、柔軟かつ持続的な内製化につながります。

参考情報:三井住友信託銀行「システム開発体制の抜本的見直しについて」(一次情報)


成功法則⑤ AIは「人を減らす道具」ではなく「組織能力を高める道具」

みずほ証券では、AIを単なる開発効率化ツールとしてではなく、人材育成の仕組みとして位置付けています。

AIがコードを書くこと自体に価値があるのではありません。AIを活用することで、

  • 社員が学び
  • 業務を理解し
  • より高度な判断ができるようになる

そうした組織を作ることが目的です。

ただし、ここには見落とされがちな壁があります。AIが出した設計や実装が自社の業務に照らして本当に正しいかを判断するには、相応の業務理解とシステム構想力が必要です。ITに不慣れな社員にAIツールだけを渡しても、「動くが中身は誰も説明できないシステム」が量産されかねません。

AI時代の内製化で問われるのは、AIに作らせる力ではなく、AIの成果物の良し悪しを見極め、判断する力です。

参考情報:みずほフィナンシャルグループ「みずほ証券が生成AIを活用した社内文書検索システムを開発」(一次情報)


システム内製化の成功事例から学ぶ|3社に共通する5つの法則

ここまでの5つの法則は、実は1本の流れとしてつながっています。図に整理すると、次のようになります。

① 目的を決める
「何を作るか」ではなく「何を変えたいか」

② 小さく始める
失敗できるスコープで学習する

③ 理解者を育てる
プログラマーではなく、判断できる人材

④ 上流を握る
要件定義・優先順位・投資判断を自社に残す

⑤ AIで組織能力を高める
AIは人を減らす道具ではなく、育てる道具

この流れを表に整理すると、次のようになります。

多くの企業が考えがちなこと成功企業の考え方
システムを作る解決したい課題を決める
エンジニアを採用する理解者を育てる
大規模開発から始める小さく始めて学習する
開発を内製化する判断を内製化する
AIを導入するAIで組織能力を高める

共通しているのは、「開発力」ではなく、「判断力」を組織の中に育てていることです。


中堅・中小企業が最初に取り組むべき3つのこと

もしこれから内製化を始めるのであれば、次の3つから始めることをおすすめします。

① 解決したい経営課題を一つ決める

「何を作るか」ではなく、「何を変えたいか」を明確にします。

② 小さく始める

失敗しても事業全体へ影響しない業務を選び、学習を重ねます。

③ 判断を社内へ戻す

開発をすべて自社で行う必要はありません。

重要なのは、優先順位や投資判断、要件定義を自社が主導できる状態を作ることです。

だが、「上流工程を自社で握ろう」と決意した企業の多くが、すぐに次の壁にぶつかります。

  • ベンダの提案が妥当かどうかを判定する評価基準が社内にない
  • 専門用語が理解できず、結局言われるがままに承認してしまう
  • 業務要件をドキュメント化(RFP作成など)できる人材がいない

ITの専門家がいない状態で、こうした壁を自社だけで越えようとするのは、判断基準を持たないまま重要な意思決定を重ねるようなものです。だからこそ最初の一歩は、「判断の仕方をプロに伴走してもらいながら、自社にそのノウハウを蓄積していく」というアプローチが現実的です。


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まとめ

ENEOS、三井住友信託銀行、みずほ証券の事例から当社が読み解いたのは、内製化とは「システムを自社で作ること」ではないということです。

最初に作るべきなのは、システムでもAIでもありません。

「何を実現したいのか」を明確にし、それを判断できる組織を育てること。

その土台があって初めて、システムは企業の競争力を支える資産になります。

AI時代の内製化で本当に重要なのは、開発力ではなく、自社で舵を握る力です。

だからこそ、中堅・中小企業が目指すべきは、「すべてを自社開発すること」ではなく、必要な部分はベンダの力を借りながらも、自社が主体的に判断できる状態をつくることではないでしょうか。


本記事の参考資料

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この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。

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