システム再構築における発注力の重要性とその鍛え方

2024/11/12

1. はじめに:なぜIT投資における「発注力」が重要なのか

企業が「発注」を行うシーンは数多くあります。さまざまな「発注」シーンには、それぞれ異なる難易度と工夫が求められます。オフィスのレイアウト変更や配置の発注、または資材、工業製品、消耗品、事務機器の購入なども発注の一環ですが、こうした物品購入では発注の手間は比較的少なく、仕様がある程度事前に決まっているため、購入した製品が目的に合致するかどうかのリスクも限定的です。しかし、IT投資はこのような発注とは大きく異なり、企業の業務フローや戦略に密接に関わるシステムやインフラを構築するため、発注のプロセスそのものに深い理解と計画が不可欠です。

IT投資における「発注力」とは、「本当に必要なもの」を見極め、そのために的確な要求をベンダーに伝える能力です。ITシステムの構築は、単なるモノの購入ではありません。業務の改善や効率化、さらに競争力の強化を目的として、企業の内部業務や戦略目標と結びついたシステムをゼロから組み立てていくプロジェクトです。したがって、その「発注」には目的を具体的に明確化し、細かな要求の定義を行う力が求められます。適切な「発注力」が備わっていないと、必要な機能や効果を持ったシステムを手に入れることができず、場合によっては目的からずれたシステムが完成するリスクさえ生じます。

さらに、ITプロジェクトの多くはカスタマイズが必要であり、事前に完成した製品をそのまま購入するわけではありません。システムの仕様や設計は一度決めて終わりではなく、プロジェクトの進行に応じて新しい要件が発生したり、業務の変化に伴い当初の想定とは異なる対応が求められることが頻繁にあります。こうした不確定要素が絡むため、仕様が曖昧なままに進めてしまうと、後から追加要件が発生し、予算の増加やスケジュールの大幅な遅延といったリスクが顕在化するのです。

ITシステムが完成品とは異なる特性を持つ以上、その発注には企業側の「発注力」が強く求められます。たとえば、発注の目的を明確にし、何を実現したいのかを社内で合意形成した上で、的確な要求を定義するプロセスが必要です。IT投資を成功させるためには、この「発注力」の強化が不可欠であり、「発注力」が高いほど「効率よく目標に見合ったシステムを導入できる」確率も高まります。企業の競争力や成長を支えるITシステムの導入において、「発注力」を高めることは投資を成功に導く重要なステップなのです。

このコラムでは、なぜIT投資に「発注力」が求められるのか、またその「発注力」をどのように鍛え、強化すればよいかについて、実践的な観点から解説していきます。

2. 「発注力」とは何か?その本質と定義

「発注力」とは、企業が自社の目的を実現するために、必要なものを最適な形で調達し、プロジェクトを成功に導くための力です。これは単なる発注手続きのスキルではなく、経営戦略に沿った意思決定力や、要件を的確に把握し表現する力が必要とされる高度なスキルです。

「発注力」が高い企業は、まず「何のために投資をするのか」という目的を明確にし、次にその実現に向けた要点を把握し、プロジェクトの成果に繋がる発注が可能です。これには、目的の達成に必要な選択肢を整理し、優先度を設定し、時には不要な要件を除外するなど、適切なリソース配分を行う判断力が求められます。発注力が備わっている企業は、最小限の投資で最大の成果を引き出すことができ、IT投資の効果においても競争力が高まります。

特にITプロジェクトでは、「発注力」が低いと結果的に「やらなくてもよい」カスタマイズや余分な費用が発生しやすく、結果として必要以上のコストがかかり、企業の負担が増大することが少なくありません。こうした余計なコストやプロジェクトの方向性のブレを防ぎ、戦略的に価値あるITシステムを構築するには、「発注力」が企業に不可欠な力となるのです。

3. 「発注力」を高めるための4つのポイント

「発注力」を強化するためには、以下の4つのポイントを抑えることが重要です。

  • ポイント1:選択のおさえどころの整理

    IT投資においては、どこに工夫を施すべきかを見極め、必要なポイントにのみ焦点を当てることが肝心です。一般的な製品購入のように「できる限り安く」という単純な方針ではなく、目的を達成するために重要なポイントを整理し、投資対効果を最大化する選択をすることが「発注力」を高める第一歩です。

    例えば、競争力を強化するために重要な機能に重点を置き、それ以外は標準機能で対応するなど、投資のメリハリをつけることが求められます。また、企業によってはITシステムが他社との差別化ポイントである場合もありますが、そうでない場合には、標準化されたシステムでも十分なこともあります。システム全体を自社仕様にカスタマイズしようとせず、競争上重要な部分に投資するのが賢明です。

  • ポイント2:責任ある発注チームの組成

    「発注力」を強化するには、発注に関わる担当者の役割と責任を明確にし、最適な人材と組織を編成することが重要です。発注プロセスに関わる人が多すぎたり、責任が曖昧だと、意思決定が遅れ、プロジェクトの方向性がブレる原因になります。賢い発注を実現するためには、発注に責任を持てるリーダーや、目的達成に向けて真摯に取り組む人材を発注チームに配置することが求められます。

    特にITプロジェクトでは、発注の際に考慮すべき技術的要素が多いため、知識豊富なリーダーや専門家が関わることで、プロジェクトの質が向上し、より確実な成果が期待できます。責任あるチーム編成を行うことで、発注プロセスに関わるリソースを最適化し、効果的な発注を実現できます。

  • ポイント3:アドバイザーの起用

    「発注力」を高めるためには、外部のアドバイザーやサポーターの起用も有効です。ITシステム導入には専門知識が必要であり、内部リソースのみで的確な判断を下すのが難しい場合もあります。そこで、アドバイザーの知見を活用することで、最新の技術や市場動向を反映した的確な選択肢が見つかりやすくなります。

    アドバイザーは、プロジェクトの成功に向けて必要な知識を提供するだけでなく、内部の人材と協力し、発注プロセスを効率化する支援も行います。適切なアドバイザーを起用することは、限られた時間と予算内でプロジェクトを成功させる大きな力となるでしょう。

  • ポイント4:合意形成のプロセス

    合意形成は、「発注力」を強化する上で重要なステップです。特に大規模な発注では、企業全体に関わるプロジェクトとなるため、各部門や経営層からの意見を取り入れ、社内の合意を得ることが欠かせません。経営陣の中でも、例えば会長と社長、または専務と経営陣の間で意見が食い違うことがあります。会長は企業全体のブランドや方向性を守る観点から「品質やブランド力を保つための機能が重要」と考え、一方で社長は費用対効果や早期のROI(投資利益率)を重視して「コストを抑えつつ早期に稼働するシステムが望ましい」と主張するケースもあり得ます。

    また、専務が「わが社の業務効率化を最優先すべき」とする意見を持ち、技術面のプロセスに対しても要望を強く持っている場合、発注において異なる優先事項が並び、意思決定の場で複雑な調整が求められます。このように、経営層の意見が一致しない場合、どの立場の意見を優先するのかがプロジェクトの方向性を大きく左右し、プロジェクトの成否に直結します。

    合意形成が不十分な場合、プロジェクトが進行した後で方向性が変わる要求が発生し、発注内容の見直しや追加コストが発生する原因になります。こうしたリスクを防ぐためにも、発注の初期段階でプロジェクトの目的や期待効果を社内で共有し、最適な発注内容を決定するために、合意形成のプロセスを発注プロセスに組み込むことが必須です。

4. 実践:RFP作成力を高める方法

「発注力」を具体的に強化するために効果的なのが、RFP(提案依頼書)を適切に作成する力を身につけることです。RFPとは、システム導入の要件や仕様をベンダーに伝えるための重要な文書で、プロジェクトの方向性と目標を明確に示すために必要な発注ツールです。

※RFPの重要性については以下のコラムでも詳しく書きました。
システムベンダー依存からの脱却:RFP(提案依頼書)作成力が鍵
RFP作成における最大の課題:予算感を持たないリスクと解決策
RFP作成から始まるベンダ選定~選定でシステム開発プロジェクトの結果の8割が決まる
RFP:Request for Proposalを武器に!「費用と提案内容のバランスで評価します」で果たして伝わるのか?

日本企業は、RFP作成に十分なコストや時間を割かないことが多く、その結果、仕様が曖昧なまま発注を進めてしまい、後々に大きな変更が発生するケースが頻発しています。RFPを作成する際には、プロジェクトの目的を具体的に記述し、詳細な要件を網羅し、プロジェクトのスケジュールや予算感、制約事項なども明示することが重要です。RFPを適切に作成することで、ベンダーに的確な要件を伝え、スムーズなプロジェクト進行が可能になります。

5. 「発注力」不足がもたらすリスクと問題

「発注力」が不足している場合、ITプロジェクトは高い確率で問題が発生し、失敗に終わるリスクが増大します。要件が不明確なままプロジェクトを開始すると、構築途中で仕様変更が多発し、スケジュールや予算が大幅に超過することが少なくありません。発注力不足のプロジェクトは、結果的に期待していた効果が得られず、企業にとって大きな損失となるでしょう。

こうしたリスクを避けるためには、「発注力」を鍛え、発注の初期段階で可能な限り要件を明確化する必要があります。「発注力」を強化することは、企業の資源を効率的に活用し、プロジェクトを成功に導くための必須条件です。

6. 「発注力」強化に向けた企業文化の形成

「発注力」を強化するには、担当者個人のスキルを高めるだけでなく、企業全体で発注に対する共通理解を育む文化が必要です。発注プロセスに関わる社員全員が、「発注力」の重要性を認識し、発注を単なる調達作業ではなく、経営戦略を実現するための重要なプロセスと考えることが欠かせません。このような共通理解がなければ、各部門や担当者の間で見解が異なり、意思決定が複雑になりがちです。

まず、「発注力」の強化を企業文化として根付かせるためには、発注プロセスを見直し、改善するための場を定期的に設けることが効果的です。たとえば、発注の成功事例や失敗例について社内で共有し、何がうまくいったのか、どのような課題が発生したのかを分析することで、発注プロセスに対する社員の理解が深まります。このようなナレッジ共有は、担当者が発注力の重要性を自分ごととして捉える機会となり、発注プロセスの改善に向けた具体的な行動につながります。

また、発注の経験が豊富な社員や外部のアドバイザーからのフィードバックを取り入れ、発注プロセスの標準化を図ることも有効です。発注の基準やフレームワークを全社で共有し、誰が担当しても一定の品質が確保できるような体制を整備することで、発注力を組織として底上げすることができます。これにより、新任の担当者でも発注力を発揮しやすくなり、組織全体で安定した発注の品質が保たれるようになります。

さらに、「発注力」強化の一環として、上層部の理解と支援も重要です。経営層が発注力強化の価値を認識し、積極的に支援する姿勢を示すことで、社員も発注に対するモチベーションが高まります。たとえば、プロジェクトごとに「発注力」の強化を目指したフィードバックや評価制度を取り入れることで、社員が「発注力」を発揮するインセンティブが生まれ、発注力が企業文化として根付く環境が整います。

「発注力」は単なるスキルではなく、企業全体の競争力を支える重要な資産です。発注力を強化し、それを企業文化として形成することで、企業は変化の激しい市場環境においても柔軟に対応し、持続的な成長と競争力の強化を実現できるでしょう。

7. おわりに:「発注力」を鍛え、持続的な競争力を

IT投資における「発注力」の強化は、単なるシステム導入を超え、企業の競争力を大きく左右する要素です。「発注力」を持つことで、企業は限られたリソースを最も効果的に活用し、目指すべき成果に直結したシステムを手に入れることができます。これは、変化が激しく、先行きが不透明なビジネス環境において、柔軟で俊敏な対応力を備えた組織へと進化するための重要なステップです。

「発注力」を高めるためには、社内の合意形成、発注プロセスの明確化、アドバイザーの活用、発注担当者やチームの育成など、多面的なアプローチが必要です。また、「発注力」を企業文化の一部として根付かせることで、単発のプロジェクトにとどまらず、長期的に見て高いROI(投資利益率)を実現できる企業体制が整います。こうした発注力は、企業がIT投資を「単なるコスト」として捉えるのではなく、「成長と競争力を生む投資」として位置付けるうえで欠かせません。

未来のIT環境は、今後さらに多様化・高度化し、企業の経営における役割も大きくなっていくでしょう。したがって、「発注力」を高め続けることが、企業にとって「変化に耐え、成長し続ける力」となるのです。「発注力」の強化は、競争優位を維持し、より確かな成功を導くための道筋であり、今後の企業成長にとっての持続的な基盤でもあります。

このコラムで紹介した方法やポイントを活用し、企業全体で「発注力」を鍛え、より戦略的で効果的なIT投資を目指していきましょう。「発注力」を通じて、IT投資が企業の成長エンジンとなり、持続的な競争力を支える礎となることを心から願っています。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。