基幹システムにROIを求める会社ほど刷新できなくなるー「何年で元が取れる?」だけでは決められない、IT投資の4つの物差し

基幹システムの刷新に1億円かかる。経営会議で、経営者からこう聞かれます。
「それで、何年で元が取れるの?」
もっともな質問です。1億円を使う以上、投資効果を問うのは当然です。
ところが基幹システムでは、この問いに真面目に答えようとするほど、おかしなことが起こります。
売上が直接増えるわけではない。社員を100人減らせるわけでもない。今のシステムも、とりあえず動いている。
そうなるとROI上の最適解は、「今は何もしない」になりやすい。
翌年も同じです。さらに翌年も同じです。
そして最後には、「壊れるまで使う」ことが、最もROIの高い選択に見えてしまいます。
これが、基幹システム刷新をROIだけで判断する最大の問題です。
では、ROIを捨てればよいのでしょうか。
そうではありません。ROIを捨てるのではなく、物差しを一本から四本に増やす。
今回は、基幹システムへの投資を経営としてどう判断すればよいのか、具体的に考えてみます。
「基幹システムだからROIは不要」もおかしい
最初にはっきりさせておきます。私は、システム投資をROIで考えること自体には賛成です。
- 「DXだから」
- 「古くなったから」
- 「新しいシステムの方が便利だから」
そんな理由だけで数千万円、数億円を使う方が危険です。
- 投資額は妥当なのか
- 本当にその機能が必要なのか
- もっと小さくできないのか
- パッケージやSaaSでは駄目なのか
- 全面刷新ではなく、段階的に直せないのか
経営者は当然、問うべきです。基幹システムは会社のインフラだからといって、「必要なものなので3億円かかります」という説明だけで投資を認めるわけにはいきません。
問題なのはROIではありません。ROIを投資可否の唯一の物差しにしてしまうことです。
そもそも、システム導入前のROIは「事実」ではない

例えば5,000万円のシステム導入について、こんな投資効果が提示されたとします。
年間3,000時間の業務を削減できる。社員の時間単価を5,000円とする。すると、
3,000時間 × 5,000円 = 年間1,500万円
5年間なら7,500万円。
「5,000万円の投資なら十分に回収できます」
数字になると、とても説得力があります。
しかし、一つずつ問い直してみます。
- 本当に3,000時間減るのでしょうか
- 減った3,000時間は、そのまま1,500万円の利益になるのでしょうか
- 社員を減らさなければ、人件費そのものは減りません
- 空いた時間で別の価値を生み出せるのでしょうか
- その価値はいくらなのでしょうか
前提を少し変えるだけで、ROIは簡単に変わります。
つまりシステム導入前のROIとは、事実ではなく、いくつもの仮定を積み上げたシミュレーションでもあります。
だからROIは不要なのではありません。ROIの数字を「答え」だと思わないことが重要なのです。
基幹システムは「売上を増やす装置」とは限らない

基幹システムには、販売、受発注、在庫、生産、請求、会計など、会社の根幹となる業務が載っています。新しくしたからといって、翌月から売上が20%増えるものではありません。
- 受注した商品を登録する
- 在庫を管理する
- 請求書を発行する
- 売掛金を管理する
- 会計へデータを連携する
システムを刷新しても、基本的には今まで行っていた業務を続けます。だから経営会議では、「今のシステムでも仕事はできている」「売上が増えないのに、なぜ1億円も使うのか」という話になります。
ROIだけを見れば、もっともです。
ところが、その裏側では、
- 古いOSやミドルウェアを使い続けている
- 保守できる技術者が減っている
- 制度改正のたびに大きな改修が必要になる
- 他のシステムと連携しづらい
- 必要なデータを自由に取り出せない
- 新しい事業を始めようとすると「システム上できません」と言われる
そんな問題が少しずつ蓄積していることがあります。それでも大事故が起きるまでは、「問題なく動いているシステム」に見えます。
つまり、何も問題が起きていない会社ほど、基幹システム刷新のROIは悪く見える。
ここに基幹システム投資特有の難しさがあります。
本社ビルの電気設備に「何年で元が取れる?」と聞くだろうか
基幹システムの性格は、会社の建物に少し似ています。
築40年の本社ビルがあり、電気設備や給排水設備が老朽化しているとします。改修に5,000万円かかる。そこで、「この工事をしたら売上はいくら増えるのか」「何年で元が取れるのか」と聞いても、あまり意味がありません。
電気設備を交換しても、売上が直接増えるわけではないからです。
それでも必要なら改修します。会社を営業できる状態に維持するためです。
基幹システムにも、この性格があります。だからといって、いくらかけてもよいわけではない。ここで必要になるのが、ROI以外の物差しです。
基幹システム投資は「4つの物差し」で判断する
基幹システムへの投資では、少なくとも次の4つを分けて考えるべきだと考えています。
- ① 経済合理性――いくらかかり、いくら回収・削減できるのか
- ② 事業継続性――このシステムを使い続けて、会社を安全に運営できるのか
- ③ 事業適応性――会社や事業が変わったとき、システムがついてこられるのか
- ④ 経営の自由度――システムが経営判断の足かせになっていないか
大切なのは、この4つを単なるチェック項目で終わらせないことです。経営者が比較し、判断できる材料に変える。ここからが実務です。
物差し① 経済合理性――「刷新しない場合」も比較する
経済合理性を見るとき、ありがちな比較は、「新システムに1億円かかる」対「新システムによって年間2,000万円の効果がある」です。
しかし基幹システムでは、もう一つ数字を出す必要があります。現行システムを使い続けた場合、これからいくらかかるのか。
例えば、
- 年間保守費
- サーバー・ライセンス費
- 老朽化に伴う追加改修費
- 手作業や二重入力などの業務コスト
- 他システムとの個別連携費
- 古い技術を維持するための外注費
などです。仮に、現行システムの維持費が年間1,500万円。追加改修が年間500万円。周辺システムとの個別連携に年間300万円。だとします。5年間なら、
1,500万円 × 5年
+500万円 × 5年
+300万円 × 5年
=1億1,500万円
です。この場合、経営会議で比較すべきなのは、「1億円を使うか、使わないか」ではありません。
「今後5年間、現状維持に1億1,500万円を使うのか。それとも別の1億円の使い方をするのか」です。
何もしないことは、0円ではありません。この「Do Nothingのコスト」を出すだけでも、投資判断の見え方は大きく変わります。
物差し② 事業継続性――会社を止めるリスクを見る
次に見るのが、このシステムを今後も安全に使い続けられるのかという視点です。
例えば、
- OSやミドルウェアのサポート終了
- 保守できる技術者の不足
- 特定担当者への依存
- ハードウェア障害
- セキュリティ上の脆弱性
- 法改正への対応
- データ破損
- 特定ベンダーへの過度な依存
などです。これらをすべて金額換算しようとすると、かえって判断を誤ることがあります。
例えば、「重大障害の発生確率5%」「年間期待損失額800万円」と数字を置けば、いかにも科学的に見えます。しかし、その5%に十分な根拠がなければ、単にもっともらしい数字を作っただけです。それでは、仮定だらけのROIと変わりません。
数字にできるものは数字にする。しかし、数字にできないものを無理やり数字にしない。例えば、次のような表でも十分です。
| リスク | 発生時の影響 | 発生可能性 | 現在の対策 |
|---|---|---|---|
| サーバー障害 | 基幹業務停止 | 中 | 部品調達に時間 |
| 技術者退職 | 保守困難 | 高 | 特定担当者依存 |
| 法改正 | 業務継続に影響 | 中 | 大規模改修が必要 |
| セキュリティ事故 | 業務停止・信用毀損 | 中 | 一部サポート終了 |
重要なのは、精緻な点数ではありません。経営者が「今のまま使い続けるリスク」を把握できることです。
物差し③ 事業適応性――会社が変わったとき、システムはついてこられるか
現在の業務を問題なく処理できることと、将来も使えることは別問題です。例えば、
- 新商品を追加する
- 店舗や拠点を増やす
- 海外へ進出する
- M&Aで別会社を統合する
- 新しい販売チャネルを作る
- 取引先とのデータ連携を増やす
- 法制度が変わる
こうした事業の変化に対して、「システム改修に半年かかります」「現在のデータ構造では対応できません」「全面的な作り直しが必要です」となれば、システムが事業の変化についていけていないことになります。
ここで見るべきなのは、今日の業務を処理できるかではなく、明日の会社にも対応できるか。
例えば、
- 新商品追加に必要な期間
- 新拠点追加に必要な期間
- 他システムとの連携方法
- データ項目追加の難易度
- 法改正対応に必要な期間
- M&A時の統合可能性
などを、問題なし/制約あり/重大な制約あり程度で評価してもよいでしょう。
物差し④ 経営の自由度――「システムの都合で諦めたこと」はないか
事業適応性と似ていますが、もう一段経営側から見るのが「経営の自由度」です。
例えば経営者が、「EC事業を始めたい」と考えたとします。ところが、「現在の基幹システムではリアルタイム在庫連携ができません」と言われる。APIを追加しようとしたら、「調査3か月、開発9か月、3,000万円です」と言われる。
その間に競合企業がサービスを開始した。自社がシステム改修を終えたころには、市場で後手に回っている。
この場合、失ったのは3,000万円だけではありません。市場へ参入するタイミングという経営上の選択肢を失っています。
経営の自由度を見るなら、例えばこんな質問をします。
- 新しい販売チャネルを短期間で追加できるか
- 他社サービスとAPI連携できるか
- 必要な経営データをすぐ取り出せるか
- AIなど新しい技術から自社データを利用できるか
- 新しい業務を始めるたび、大規模改修が必要にならないか
- 「システム上できない」という理由で事業アイデアを諦めたことはないか
最後の質問は特に重要です。「本当はやりたかったが、システムの都合で諦めたことはありませんか?」
もし複数出てくるなら、そのシステムは単に古いだけではありません。経営の足かせになり始めています。
「事業適応性」と「経営の自由度」は何が違うのか
この二つは似ていますが、分けて考えた方がよいと思います。
事業適応性とは、「会社が変わったとき、システムがついてこられるか」です。
一方、経営の自由度とは、「システムのせいで、経営者が選択肢を諦めていないか」です。
前者は変化への対応力。後者は経営判断への制約。
基幹システムが古くなったとき、本当に怖いのは「処理速度が遅い」ことだけではありません。会社がやりたいことを、システムが決めるようになることです。
4つの物差しを、役員会では「3枚」にする
では、この4つを経営会議にどう持っていけばよいのでしょうか。100ページのシステム提案書から説明する必要はありません。最初の投資判断なら、まず3枚程度にまとめればよいと思います。
1枚目:今後5年間のコスト比較
現行維持。
延命。
段階的刷新。
全面刷新。
それぞれについて、初期投資だけではなく5年間の総コストを比較します。
ここで見るのが経済合理性です。
2枚目:現行システムを使い続けるリスク
サポート終了。
技術者不足。
障害。
セキュリティ。
法改正。
属人化。
それぞれについて、「何が起こるのか」「起きたら会社にどの程度影響するのか」「現在どこまで対策できているのか」を整理します。
ここで見るのが事業継続性です。
3枚目:これから会社がやりたいこと/現在のシステムでは難しいこと
新規事業。
新商品。
M&A。
新チャネル。
データ活用。
AI活用。
業務変更。
会社がこれからやりたいことと、現在のシステムによる制約を並べます。
ここで見るのが事業適応性と経営の自由度です。
この3枚を並べたうえで初めて、「では、今いくらまで投資する合理性があるのか」を議論します。
これなら、「ROIが○%だから1億円投資しましょう」という説明とは、かなり違った経営判断になります。
「現状維持か全面刷新か」の二択にしない
もう一つ、基幹システム投資で重要なことがあります。刷新の話が始まると、現行システムを使い続けるか、全面刷新するかという二択になりがちです。
しかし実際には、その間にいくつもの選択肢があります。
- 現状維持する
- 数年間延命する
- 問題部分だけ改修する
- 周辺機能から切り離す
- 一部をSaaSへ置き換える
- 段階的に刷新する
- 全面刷新する
経営者が判断すべきなのは、「刷新するか、しないか」だけではありません。「どこまでやるか」も含めた投資判断です。
だから、システム会社から1億円の見積書をもらってからROIを計算するのでは遅いのです。
その前に、「そもそも何をするのが、自社にとって最も合理的なのか」を決める必要があります。
ROIを捨てるのではない。物差しを一本から四本に増やす
基幹システム刷新について、「ROIでは測れないから、ROIは考えなくていい」というのも違うと思います。
ROIは見ます。投資額も見ます。TCOも見ます。しかし、それだけではありません。
- 経済合理性
- 事業継続性
- 事業適応性
- 経営の自由度
この4つを並べて判断する。数字にできるものは数字にする。数字にできないものは、無理やり金額にせず経営課題として言語化する。
そして、
今やるのか。
まだやらないのか。
全部やるのか。
一部だけやるのか。
いくらまでなら投資するのか。
を決める。
ROIは、経営判断そのものではありません。経営者が正しい質問をするための道具です。
基幹システム刷新は「何を買うか」より先に、「どう判断するか」を決める
基幹システム刷新というと、すぐに製品比較やベンダー選定へ進みがちです。しかし、その前にやるべきことがあります。
- 本当に今、刷新する必要があるのか
- 現行システムを使い続けると、今後いくらかかるのか
- どのような事業リスクがあるのか
- これから会社がやりたいことに対応できるのか
- 全面刷新以外の方法はないのか
- そして、いくらまでなら投資する合理性があるのか
これらを整理した結果、「今は全面刷新しない」という結論になることもあるでしょう。それも立派なシステム投資判断です。
重要なのは、刷新することではありません。会社として合理的な判断ができる状態を作ることです。
オーシャン・アンド・パートナーズでは、特定の製品やベンダーを売る立場ではなく、発注企業側に立って、
- 現行システムを使い続けるコストの整理
- 事業継続上のリスクの整理
- 将来の事業構想とシステム制約の整理
- 全面刷新・段階刷新・延命などの選択肢比較
- そして経営会議で判断できる材料づくり
といった、「発注する前の意思決定」からご支援しています。
システム会社に見積りを依頼する前に、「そもそも、うちは今システムを刷新すべきなのか」そこから一緒に考えます。
「刷新ありき」ではなく、そもそも今やるべきなのか、いくらまでなら投資する合理性があるのか。
そこから一緒に整理します。
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この記事を書いた人について

-
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事
富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。






















