星野リゾートはなぜ18億円を投じて「予約システムの裏側」まで作り直したのか

2025年10月、星野リゾートは新しい宿泊予約サービス「FleBOL(フレボル/Flexible Booking On Line)」をスタートしました。
予約後でも、人数、部屋タイプ、宿泊プラン、宿泊日などをオンラインで変更できる仕組みです。
そして、この取り組みについて特に注目されたのが「18億円」という投資額でした。
SaaSで予約システムを構築するのが当たり前の時代に、なぜ星野リゾートは18億円をかけて基幹システムを自社開発したのか。
その経営判断の境界線はどこにあるのか。
私はこの投資について2025年11月に一度考察しましたが(星野リゾートは何故18億円も投じて自社予約システムを開発したのかを考察)、その後2026年に入り、情報システム責任者へのインタビューや開発背景に関する情報が新たに公開されました。
本稿では、それらを踏まえて改めてこの投資の意味を考えます。
星野リゾートが18億円を投じたのは、単なる「予約システム」ではありません。
予約の仕組みとホテル運営の仕組みを一体として扱うために、その裏側にある基幹システムそのものを作り直していたのです。
投じた先はFleBOLではなく、その裏側の基幹システム
FleBOLは、お客様から見れば「予約を柔軟に変更できるサービス」です。
対象プランでは、チェックイン当日の午前9時まで人数・部屋タイプ・宿泊プランを変更でき、宿泊日についても90日以内の日程へ3回まで変更可能(事務手数料1,000円)です。
一見すれば「便利な予約サイトを作った」という話に見えます。
しかし星野リゾートはFleBOLを実現するために、新しい基幹システム「HOP4(Hoshino Resorts Operation Platform 4)」を自社開発しました。
報道されている18億円は、このHOP4を含む基幹システムへの投資です。
つまり、「予約画面に18億円」ではなく、「新しい予約体験を実現するために、基幹システムまで作り直した」と捉えるべきでしょう。
なぜ基幹システムまで作り直す必要があったのか
星野リゾートの情報システム責任者によれば、ホテル業界のシステムには歴史的な構造があります。
「予約を受け付ける仕組み」と「ホテルを運営する仕組み」が別々に発展してきたのです。
旅行会社などが予約を受け付け、その情報をホテル側のシステムへ渡す。
この構造自体は、従来のホテルビジネスでは合理的でした。
ところが、星野リゾートが実現したかった顧客体験とは相性が悪い。
「部屋を変更したい」「食事を追加したい」「アクティビティを変更したい」「日程をずらしたい」といったことを、予約後もECサイトの買い物かごのように自由に変更できるようにしたい。
しかし予約システムとホテル運営システムが分断されていると、こうした変更を一つの体験として処理することが難しくなります。
そこで星野リゾートは、予約システムとホテル運営システムは別物ではなく、「利用する人のUXが違うだけの一つのシステム」ではないかと発想を転換しました。
そして既存システムの改修を重ねるのではなく、基盤そのものを作り直す判断をしたわけです。
これは単なるシステム刷新ではなく、かなり経営的な意思決定だと思います。
「何を作るか」ではなく「どんな顧客体験にするか」から逆算している
この事例で最も興味深いのは、順番です。
一般的なシステム導入では、
既存業務を整理する→必要な機能を決める→ベンダーを選ぶ→システムを導入する
という順番になりがちです。
星野リゾートはむしろ逆です。
「予約してから宿泊するまでを、どんな体験にしたいのか」を先に考えています。
その顧客体験を実現しようとすると、既存の予約システムでは足りない。
さらに掘っていくと、PMSを含むホテル運営側の仕組みとの分断が邪魔になる。
ならば、その前提そのものを変える。
結果として18億円規模の基幹システム開発になった。
「基幹システムを刷新したいから18億円使った」のではありません。
やりたい事業を実現しようとした結果、基幹システムを作り直す必要が出てきた。ここは非常に重要なポイントです。
直販比率という「賭けられる理由」
星野リゾートは長年、公式サイト経由の予約を強化してきました。
2026年に公開されたインタビューでは、自社サイト経由の予約比率は約8割に達しているとされています。
これはかなり高い数字です。
もちろんOTAを否定しているわけではなく、星野リゾート自身もOTA各社との連携を続けています。
重要なのは「OTAを使うか、使わないか」という二択ではありません。
自社でも顧客との接点を強く持っており、予約から宿泊までの情報を自社で扱い、自社の判断で顧客体験を改善できること。
この直販比率の高さは、後述する「なぜ18億円を賭けられたのか」という問いにも直結します。
HOP4への投資は、単なるOTA手数料削減策というより、「顧客との接点を自分たちで設計できる状態を維持するための投資」と見る方が本質に近いでしょう。
予約変更のルールごと、システムと一緒に作り替えた
FleBOLが生まれた背景には、具体的な現場課題もあります。
星野リゾートでは、予約済み顧客からの問い合わせの約4割が、人数・部屋タイプ・宿泊プラン・日程などの変更に関するものだったと公表しています。
これは利用者にとって面倒であるだけでなく、ホテル側にも電話対応、変更内容の確認、在庫確認、料金再計算、キャンセル料の判断といった業務が発生します。
FleBOLでは、こうした変更をできるだけオンライン上で自己完結できるようにしました。
さらに興味深いのがキャンセル料です。
FleBOL対象プランでは、通常のキャンセルについて40〜8日前は宿泊料の10%、7日前〜当日は30%という規定になっており、宿泊日を変更した場合のキャンセル料は、変更後の日程で実際に宿泊すれば免除される仕組みも用意されています。
ここで注目したいのは、システムだけを変えているわけではないということです。
予約変更を柔軟にするなら、料金ルールも変えなければならない。
料金ルールを変えるなら、それを計算する仕組みも必要になる。
さらに在庫管理やホテル運営側にも影響する。
つまり、顧客体験・業務・ルール・システムが全部つながっています。
システム刷新を「IT部門だけの仕事」にすると、この発想にはなかなか到達できません。
AIのためではなく、データを自社で握るための投資だった
この記事を最初に書いた時点では、私はHOP4への投資について「AI予約時代への先回り」という意味も大きいのではないかと考察していました。
しかしその後、星野リゾート側から「AIへの危機感から作り始めたシステムではなかった」という説明が出ています。
出発点はあくまで、予約から宿泊までを一つの顧客体験として扱いたいという課題でした。
ところが結果として、予約とホテル運営のデータが一貫して蓄積される基盤ができた。
そして今、その構造がAI時代にも重要になり始めています。
これは経営リスクの観点からも示唆的です。
AIが旅行者に代わってホテルを探し、比較し、提案する時代になれば、料金や空室情報だけでなく、どんな顧客にどんな体験が合い、過去にどんな行動をして、結果としてどの程度満足したのかという「顧客の文脈データ」を扱えることが重要になります。
この文脈データを自社で持たず、OTAやプラットフォーマー側に委ねたままでいると、顧客との関係そのものを他社に委ねることになりかねません。
HOP4はAIのために始めた投資ではありません。
しかし、事業とデータを自分たちで握るために基盤を作り直した結果、AI時代にも対応しやすい構造になった。こちらの方が実態に近いようです。
「回収できるか」ではなく「賭けられる理由があったか」
ここで冒頭の疑問に戻ります。18億円は高いのでしょうか。何年で回収できるのでしょうか。
星野佳路氏本人は、FleBOL発表時にこの投資について「採算が合うかどうかは分からない」という趣旨の発言をしています。これは個人的には、この事例で最も面白い部分です。
もちろん、投資である以上、経済合理性の検討は必要です。
「星野氏が採算不明と言ったから、ROIは考えなくていい」ということではありません。
むしろ、なぜ星野リゾートがこの不確実性を引き受けられたのかを見る必要があります。
直販比率が約8割という規模があるからこそ、予約という「事業の入口」を自社で持ち直す投資対効果は、単一施設の投資対効果とは桁が違います。
多数の施設へ共通基盤として展開できる規模があり、長期的にシステムを改善し続ける体制がある。
ROIを計算できないのではなく、通常の投資回収年数の枠組みでは測りきれない、ブランドと事業基盤そのものへの先行投資として位置づけられていると見る方が実態に近いでしょう。
一般的なホテル予約SaaSの導入費と18億円を単純比較しても、あまり意味がありません。比較対象が違います。重要なのは金額そのものではなく、「なぜそこまで作る必要があったのか」であり、その答えは単なる業務効率化ではなく、事業側の意思にあります。
中堅企業が参考にすべき境界線
ただし、この事例を見て「やはりシステムは自社開発すべきだ」と結論づけるのは危険です。
星野リゾートには、高い直販比率、多数の施設へ共通基盤を展開できる規模、長期的にシステムを改善し続ける体制があります。
一般的な中堅・中小企業が、そのまま真似する話ではありません。
重要なのは、自社の状況をこの3つの軸に当てはめて確認することです。
| 判断軸 | 星野リゾートの状況 | 中堅企業が確認すべきこと |
|---|---|---|
| 直販比率・顧客接点 | 自社サイト経由が約8割 | 自社が顧客との接点をどれだけ持てているか。2〜3割程度ならSaaS+周辺開発で十分な場合が多い |
| このシステムの位置づけ | 事業の入口そのもの、競争力の源泉 | 業務効率化のためのシステムか、それとも自社の競争力そのものを支えるシステムか |
| 投資の性格 | 採算は未確定と明言。事業基盤への先行投資 | 厳密なROI回収を前提にできる領域か、先行投資として許容できる領域か |
判断基準は「内製か外注か」ではありません。
競争力に直結しない領域ならSaaSを使えばいい。
標準化できる業務ならパッケージを使えばいい。
一方で、「ここを他社と同じ仕組みにすると、自社の競争力まで標準化されてしまう」という領域なら、自社で主導権を持つ意味が出てきます。
完全自社開発だけが答えでもありません。SaaSを使いながら重要なデータだけ自社で持つ方法も、コア部分だけ内製し周辺を外部サービスに任せる方法もあります。
そのシステムが、自社の競争力そのものなのか。ここを見極めることです。
結論:システム投資は「何を作るか」より「何を握るか」
星野リゾートの18億円投資を調べていくと、これは単なるDX事例でも、予約システム刷新事例でもないことが分かります。
予約から宿泊までを一つの顧客体験として再設計する。
そのために業務を変え、料金やキャンセルのルールも変える。
それでも既存システムが邪魔になるなら、基幹システムそのものを作り直す。
結果として、自社のデータと顧客接点を自分たちで握れるようになる。
この順番です。
システム導入を検討すると、「どの製品がいいか」「パッケージとスクラッチのどちらか」「いくらかかるか」という議論から入りがちです。
しかし、本来その前に考えるべき問いがあります。
自社は、事業のどこを他社に委ね、どこだけは自分たちで握っておくべきなのか。
そこが決まれば、SaaSなのか、パッケージなのか、自社開発なのかは、その後の話です。
星野リゾートの18億円投資は、そのことを非常に分かりやすく示している事例だと思います。
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基幹システムの刷新や新しいシステムへの投資を検討する際、多くの企業では「握るべきコア」と「任せてよいノンコア」の仕分けができないまま、いきなり製品選定やベンダー選定から議論が始まってしまいます。その結果、「そもそも何を自社で持つべきだったのか」という問いが抜け落ちたまま投資が進むことも少なくありません。
オーシャン・アンド・パートナーズでは、システム構想の整理からRFP作成、ベンダー選定、プロジェクト推進まで、発注企業側の立場で支援しています。「今のシステムを刷新すべきか」「SaaSで十分なのか」「どこまで自社で持つべきなのか」といった段階からご相談いただけます。
参考情報
本稿の2026年改訂にあたり、星野リゾートによる公式発信および情報システム責任者へのインタビュー等を参照しました。
この記事を書いた人について

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オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事
富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。
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