「オーナーシップ」という曖昧さが混乱を生む:経営者が果たすべき本当の役割とは?

2024/10/22

基幹系システムの刷新において、経営者はどのような役割を果たすべきでしょうか。
多くの企業では、要件定義が現場やIT部門に任されることが多いですが、これは大きな誤解です。
システム開発における要件定義は、単なる技術的作業ではなく、経営者が戦略的にリードすべき領域です。
しかし経営者がこれを「作業」として捉え、現場任せ、またはIT部門に丸投げすると、プロジェクトが失敗に向かうリスクを高めることになります。

経営者の責任は抽象概念ではない

「経営者の責任」という言葉は、オーナーシップやリーダーシップといった抽象的な概念で語られることが多いですが、このような曖昧さが原因で、経営者の具体的な責務がぼやけ、システム刷新の際に現場やIT部門にすべてを丸投げするという事態が起きがちです。ここで重要なのは、経営者が単なる指示者ではなく、自らのビジョンをシステムに反映させる責任を負うという点です。

システムを使う「本当の利用者」とは

システム開発のプロセスにおける根本的な問いとして、要件定義は一体誰の仕事なのでしょうか?
時折、システムベンダーが要件定義を代行し、顧客に代わってすべての作業を行っているケースを目にします。
しかし、これは根本的に間違っています。要件定義は本来、システムを使う人の仕事です。

ここでよく見られる誤解は、「システムを使うのは現場の従業員である」というものです。あるいは「IT部門の仕事ではないのか?」これも違います。IT部門は技術的なサポートや、経営者が定めた要件を実現するための手段を提供する役割を担っていますが、システムが最終的に目指すべきゴールは、経営目標の達成、業務効率の向上、コスト削減です。
つまり、システムの本当の利用者は、これらの成果を求める経営者なのです。

要件定義は経営者の重要な仕事

システム開発における要件定義は、経営者が最も重要視すべき領域です。
IT部門やベンダーが技術的な実装を担当しますが、システムの目的や自らのビジョンをシステムに反映させる責任は経営者にあります。
経営者はシステムを通じて何を達成するか、どの戦略的目標を優先すべきかを明確に示し、プロジェクトの進行に方向性を与える必要があります。

良くある誤解のひとつとしてシステムの要件定義を「作業」と捉えるのは誤りです。
経営者がすべきことは、要件定義という作業を詳細に自ら行うことではなく、「考えること」、「それを示すこと」、そして「判断を示すこと」です。

ところでセブン-イレブン・ジャパンの鈴木敏文会長は、ご本人曰く、ITに詳しいわけではないそうです。
しかしITの専門家と徹底的に議論を重ねることで、何が可能で何が難しいのかを理解し、その結果、理想に近いシステムを作り上げたと聞きます。

要件定義のプロセスにおいて、戦略的なビジョンを持ち、そのビジョンをプロジェクトにどう反映させるかを示すことはもちろん、システムが何を実現すべきか、どの目標を達成するべきかを示し、複数の選択肢が出てきた際には、最終的な判断を下すのも経営者の役割です。経営者がこうしたリーダーシップを発揮しなければ、プロジェクトは迷走し、最終的に中途半端な結果に終わるリスクが高まります。

経営者が関与しないとどうなるか

要件定義を現場やIT部門に丸投げすると、さまざまな部門から膨大な要求が集まります。
各部門から山のような要求が挙げられ、その大半は経営の視点から見れば優先度が低いものばかりです。

各部門の責任者は、自分たちの担当業務の品質や作業のしやすさに責任を持っているため、システムに求めるものも、自分たちの立場や視点に基づいた要望になってしまうのです。
最終的に、経営者が関与しないまま、現場の声を反映させたシステムが作られると、結局はレガシーシステムと変わらない、非効率なシステムが出来上がってしまいます。これでは、基幹系システムの刷新がもたらすはずの改革や競争力強化は実現できません。

こうしたシステムは、レガシーシステムと同様に、企業の変革を阻害する存在となり、経営改革や競争力強化という本来の目的を果たすことができません。
経営者が要件定義の重要性を理解し、プロジェクト全体の舵取り役として責任を持つことが、成功への鍵となります。

ある企業の経営者は、基幹系システムの刷新時に、戦略的な目標を明確に掲げ、業務の効率化とともにデータの可視化を重視しました。各部門の要望も取り入れつつ、全体最適の視点で不要な機能を排除し、システムの目的を経営判断に役立つツールと位置づけました。結果として、業務の効率化だけでなく、リアルタイムで重要な経営指標を提供するシステムを導入することができ、企業の意思決定スピードが大幅に向上しました。

このように経営者が要件定義に関与することで、プロジェクトは全体最適の方向へ導かれます。
現場の要求と戦略的な経営視点を調整することで、システムは単なるツールから経営の武器へと変わります。
例えばERPシステム導入において、経営者がリアルタイムでのデータ提供や経営判断の迅速化を優先事項とした場合、そのシステムは企業の競争力強化に大きく寄与します。
経営者が明確なビジョンを持ち、それをプロジェクトに反映させることで、システム刷新の成果が生まれるのです。

経営者の関与が重要な理由:基幹システムが現場の便利ツールから経営を支える強力なツールへと進化

基幹系システムの刷新は、単なる技術的プロジェクトではなく、企業の経営戦略に深く関わる取り組みです。

その背景として、かつて基幹系システムと呼ばれるシステムも、導入当初は現場の業務を効率化するためのツールに過ぎませんでした。
例えば会計システムは経理部門の業務を効率化し、販売管理システムは営業部門の仕事を楽にするために導入されており、Excelのような簡単なツールと大差ありませんでした。この時点では、システムを「使う人」はせいぜい経理部長や営業部長であり、経営に必要なデータをすぐに取得できることはほとんどありませんでした。

しかし、ERPシステムが登場して状況は一変します。日本の経営者は長い間、システムを現場向けの便利なツールとしか見ていませんでしたが、欧米の経営者はそのシステムを使うことで、業務の標準化や業務プロセスの見える化が可能になることに気付きました。これにより、システムが現場のためだけではなく、経営全体にとっての重要なツールになったのです。

経営者はシステムの具体的な仕様や技術面に深入りする必要はありませんが、最終的なビジョンや方向性を示し、判断を下すリーダーシップを発揮することが求められます。これにより、システム刷新は現場ニーズに引きずられることなく、企業全体の成長と競争力強化に繋がる戦略的な成果を生み出すことができるのです。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。