「同業種での実績」は、ベンダー選びの決め手になるのか―「業界に詳しい」だけでは見えない、ベンダーの本当の専門性

「同業他社での実績がありますか?」
システム会社を選ぶとき、よく聞く質問です。
流通業なら流通業、製造業なら製造業、金融業なら金融業。
RFPにも「同業種での導入実績」が必須条件や評価項目として並びます。
もちろん、理由はあります。
業界用語が通じる。説明が早い。過去の落とし穴を知っている。
そして何より、「同業で実績がある会社です」と言えば、社内でも説明しやすい。
ベンダー側にとっても、「〇〇業界に強い」は分かりやすい看板です。
だから、発注側も聞く。ベンダー側も答える。
「はい、豊富にあります」
ここまでは、とても自然です。
でも、少し意地悪な見方をすると、こんな疑問も浮かびます。
これから自社を変えようとしているのに、なぜ最初に「他社で何をしたか」を聞くのでしょう。
業界経験があることと、目の前の会社にとって良いシステムをつくれること。この二つは、似ているようで、実は別の専門性です。
業界に詳しければ、良いシステムができるのか
もちろん、業界知識が不要だという話ではありません。法規制や商慣習、業界特有の業務やデータを知っていれば、議論の立ち上がりは早くなります。「この業界なら、こういう問題が起こりやすい」と先回りして指摘してもらえることもあります。これは明らかな価値です。
ただ、それだけがシステム専門家に求める専門性ではありません。
実際の現場には、膨大な業務知識があります。しかし、それは最初からきれいに整理されているわけではありません。
- 「基本はこうだが、この大口取引先だけは例外」
- 「担当者によってやり方が違う」
- 「昔からこの帳票を使っているが、なぜ必要なのかは分からない」
- 「この処理はAさんしか分からない」
業務知識は、担当者、帳票、Excel、慣習、例外処理など、さまざまなところに分散しています。
だから、ユーザー企業がすべてを整理し、完璧な要件にしてからベンダーへ渡せばよい、という話でもありません。むしろ、そこからが外部専門家の仕事です。
- 原則と例外を分ける
- 残すべきものと変えるべきものを切り分ける
- 人が判断すべきことと、システムに任せることを整理する
そして、それを業務フロー、データ、機能、画面、権限、システム構造へ落とし込んでいく。
複雑な業務を解きほぐし、システムとして成立する形へ変換する。これもまた、外部のシステム専門家に求める重要な専門性です。
「この業界では普通です」という便利な言葉
「他社もこうしています」「この業界では普通です」
プロジェクトの現場では、とても便利な言葉です。発注側にとっては安心できますし、ベンダーにとっても説明しやすい。議論も早く進みます。
しかし、変革という観点では少し厄介です。
その「普通」は、いつの時代の普通でしょうか。
10年前のシステムの制約から生まれた業務かもしれません。紙で書類を回していた時代の名残かもしれません。昔の組織体制を前提にした承認フローかもしれません。
それを「業界では普通です」として、そのまま新しいシステムへ持ち込めば、出来上がるのは、最新の技術で再現された、昔ながらの古い仕事です。
もちろん、業界の常識には理由があります。法規制や商慣習など、変えてはいけないものもあります。だから必要なのは、業界知識を捨てることではありません。
「守るべき業界固有のルール」と「今までそうしてきただけのこと」を切り分けることです。
業界を知っているからこそ分かることがある。一方で、業界を知っているからこそ疑わなくなることもある。専門家には、その両方を見る力が必要です。
「そこまで分かっているなら、察してくれますよね」
もう一つ、発注側にも考えてみるべきことがあります。
「同業他社での実績がありますか」という質問が、知らず知らずのうちに、「では、うちの仕事もだいたい分かりますよね」という期待に変わっていないでしょうか。
同じ流通業でも、会社によって仕事のやり方は違います。顧客も違えば、競争力の源泉も違う。組織も違う。長年積み重ねてきた例外も違います。
業界経験は、それを理解するためのスタート地点にはなります。しかし、答えそのものではありません。
ユーザー企業が「業界を知っているから察してくれる」と考える。ベンダーも「この業界ならだいたいこうだろう」と過去の経験から考える。双方に悪気はありません。
それでも、その間から、「この会社では、本当はどうあるべきなのか」という問いが抜け落ちることがあります。
そして、この問いが抜けたままシステムをつくれば、業界としては正しいけれど、その会社にとって本当に必要だったのか分からないシステムが出来上がります。
「実績20社」は分かりやすい。でも……
それでも、業界実績がベンダー選定で重視されるのには理由があります。何より、評価しやすいからです。
「業務を整理する能力が高い」「複雑な要求をシステム構造へ落とし込む力がある」そう説明されても、会社同士を簡単には比較できません。
一方、「流通業で20社の導入実績があります」なら分かりやすい。数字で比較できますし、社内でも説明できます。
ベンダー側も同じです。「複雑な業務を整理してシステムへ落とし込むのが得意です」より、「流通業に強い会社です」の方が、営業上はずっと伝わりやすい。
だから、「業界経験」というラベルは便利です。発注側にもベンダー側にも、それを使う合理性があります。
ただし、ここには一つ落とし穴があります。
評価しやすい能力と、本当に必要な能力は、必ずしも同じではありません。
20社の実績があることは分かる。では、その20社で何を考え、何を変え、どんな判断をしてきたのか。本当に知りたいのは、むしろそちらではないでしょうか。
実績の「数」より、聞いてみたいこと
同業種での実績を聞くのをやめる必要はありません。業界経験には価値がありますし、重要な評価材料の一つです。
ただ、それだけで安心せず、そのベンダーが目の前の業務をどう考える会社なのかも見てみる。例えば、こんな質問です。
- 「当社の業務が属人化し、整理されていない場合、どのように整理しますか」
- 「現場と経営で要求が違った場合、どのように合意形成しますか」
- 「現行業務のうち、何を残し、何を変えるかをどう判断しますか」
- 「『業界の常識』と当社が目指す姿がぶつかったとき、どう考えますか」
過去に何をつくったかだけでなく、これから何をどう考えるのかを聞く。そこに、その会社の専門性が表れます。
ユーザー企業とベンダーは、同じ専門家でなくていい
ここまで考えてくると、結局はユーザー企業とベンダーの役割分担の話に行き着きます。
ユーザー企業には、自社の事業と現場についての知識があります。顧客を知っている。商品を知っている。現場で何が起きているかを知っている。そして、これから会社をどうしたいのかを考える。
一方、システムの専門家が持ち込むべきなのは、それと同じ知識ではありません。
- ユーザー企業の中に分散している知識を引き出す
- 複雑な業務を整理する
- 「なぜそうしているのか」を問い直す
- 残すものと変えるものを切り分ける
- そして、ITとして成立する形へ落とし込む
それぞれが違う専門性を持ち寄るからこそ、意味があります。そして両者で、「今までそうだったこと」と「これからもそうあるべきこと」を切り分ける。
「当社の業界を知っていますか?」
もちろん、大切な質問です。でも、その先にもう一つ、こんな質問を置いてみてはどうでしょう。
「私たちが持ち込む複雑な業務を、あなたたちはどう整理し、何を残し、何を変え、システムにしてくれるのですか?」
過去の同業種実績ではなく、目の前の業務をどう考えるか。そこにこそ、これからの変革に伴走できるベンダーかどうかが表れるのだと思います。
「実績はある。でも、この会社に合うのか?」と感じたら
同業種での実績、知名度、提案価格。どれもベンダー選定には必要な材料です。
しかし、比較表を埋めても「結局、どこを選ぶべきか判断できない」ということがあります。
私たちは、特定の製品やベンダーを売る立場ではなく、発注側に立って、RFPの整理、提案内容の比較、ベンダー選定、要件整理からプロジェクトの実行まで支援しています。
ベンダー選定やシステム構想の段階で違和感があれば、お気軽にご相談ください。
この記事を書いた人について

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オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事
富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。






















