会社はなぜ、優秀な人を採用して「属人化」を嫌うのか―なくすべき属人化と、なくしてはいけない属人性

企業は、優秀な人を欲しがります。「この人に任せたい」と思える人材を採用し、育て、重要な仕事を任せます。
できれば、他社にはいないような人材に育ってほしいとも考えます。

ところが、その人にしかできない仕事が増えてくると、今度はこう言い始めます。

「属人化している。これは問題だ」

少し不思議ではないでしょうか。「あの人にしかできない仕事」ができる人を求めながら、「あの人にしかできない仕事」が生まれると問題視する。

もちろん、企業が属人化を嫌うのには理由があります。ただ、その理由を掘っていくと、「業務効率」や「標準化」だけでは説明できない、もう少し生々しい事情も見えてきます。

「田中さんに聞いてみよう」

例えば、ある会社に田中さんという人がいるとします。

田中さんが休むと仕事が止まります。
顧客との過去のやり取りは田中さんのメールボックスの中。
業務手順は本人の頭の中。Excelには誰も意味を説明できない計算式が並んでいます。

トラブルが起きると、最後は決まってこうなります。

「田中さんに聞いてみよう」

これは、確かに困ります。会社として仕事のやり方が整理されておらず、情報も共有されていない。
その結果として、田中さんに仕事が集中しているからです。

しかし、同じ田中さんの仕事をもう少し見てみます。

顧客との打ち合わせが終わった後、みんなが「うまくいきましたね」と言っているのに、田中さんだけが「いや、ちょっと危ない気がします」と言う。
理由を聞いても、最初はうまく説明できません。
しかし後から調べてみると、顧客が何気なく口にした一言が、過去のトラブルとよく似ていたことが分かる。

あるいは、社内では全員が「この案件は進めるべきだ」と言っている。
それでも田中さんは、顧客とのこれまでの関係や社内事情まで考えたうえで、「今回はやめた方がいいと思います」と言う。

しかも、ただ反対するだけではありません。

「外れたら私の判断です」

と引き受けます。

これもまた、「田中さんにしかできない仕事」です。しかし、先ほどの「田中さんにしかできない」とは、何かが違います。

会社が弱いから生まれる属人化、人が強いから生まれる属人性

最初の田中さんは、田中さんが特別だから仕事が集中しているわけではありません。
手順が整理されていない。情報が共有されていない。過去の経緯が記録されていない。会社として仕事の仕組みが整備されていない。

言ってしまえば、田中さんがすごいから仕事が集中しているのではなく、会社の仕組みが弱いから田中さんに依存している。

これは、なくした方がいい属人化です。
情報を共有する。業務を整理する。マニュアルを作る。必要ならシステム化する。
田中さんが一週間休んでも会社が普通に回る状態にした方がいいでしょう。

一方、もう一つの「田中さんにしかできない」は違います。

取引先との長い付き合いから、「ここは理屈で押してはいけない」と分かる。
社内の利害関係を知ったうえで、「今回はこの人を先に説得した方がいい」と考える。
全員がGOと言っているときに、一人だけブレーキを踏む。
そして、その判断の結果を自分で引き受ける。

これは単なる「勘」ではありません。
経験、人間関係、文脈、判断力、そして最後は責任を引き受ける覚悟まで含めて、その人の仕事になっています。

こちらは会社の仕組みが弱いから田中さんに依存しているのではありません。
田中さんが強いから、田中さんに任せているのです。

同じ「属人化」という言葉で括られがちですが、この二つは分けて考えた方がよいと思います。
私は、前者を「属人化」、後者を「属人性」と呼び分けています。

なくすべきは属人化であって、属人性ではありません。

ただし、ここで一つ注意が必要です。
現実には、この二つはきれいに色分けできるとは限りません。
「なぜそう判断したのか」を本人が説明できない属人性は、優れた勘なのか、単に理由を言語化する努力を怠っているだけなのか、外からは見分けがつきにくいことがあります。
むしろ本人が「これは勘だから」と言い切ってしまう属人性ほど、実は情報共有の手間を惜しんでいるだけの属人化だった、というケースも珍しくありません。

会社は「辞められたら困る」を怖がる

では、なぜ企業は「田中さんにしかできない」をこれほど嫌うのでしょうか。

きれいな言葉で言えば、業務の再現性や事業継続性のためです。
誰か一人が休んだり退職したりしただけで会社が回らなくなる状態は、経営上のリスクです。

しかし、もう一つ、あまり表立って語られない理由もあると思います。

会社は、「その人に辞められたら困る」という状態を怖がります。

代わりがいない。引き継げない。顧客までその人についている。
場合によっては、その人の発言力や給与交渉力まで強くなる。
経営する側から見れば、確かに怖い状態です。

だから企業は、一方では優秀な人を求めながら、もう一方では「その人がいなくても回る会社」を作ろうとします。
この二つは、実は最初から少し矛盾しています。

問題は、その恐怖から「田中さんにしかできない」を全部無くそうとしてしまうことです。

エース営業をマニュアル化したら、全員エースになるのか

企業では、優秀な社員のノウハウを横展開しようとします。
エース営業の商談方法を分析し、ヒアリング項目を整理し、提案書をテンプレート化する。
成功パターンをマニュアルに落とし込む。

これは、とても大事なことです。
田中さんしか知らないことを会社の知識に変えれば、組織全体の底上げになります。

ただし、ここには境界線があります。

エース営業のやり方をすべてマニュアルにして、

「これで明日から誰でも田中さんになれます」

と言ったら、おそらく本人は苦笑いするでしょう。

顧客の一言に引っかかる。
今日は売らない方がいいと判断する。
あえて沈黙する。
予定していた提案を途中で捨てる。
相手とのこれまでの貸し借りを考えて、今回は一歩引く。

こうしたものには、形式知にできる部分もあります。
しかし、すべてを手順書に落とし込めるとは限りません。
仮に簡単にできるのであれば、そのマニュアルを読んだ全員がエース営業になっているはずです。

優秀な人から標準化できるものを取り出すことと、優秀さそのものを標準化することは違います。

AIは「田中さんにしかできない」を容赦なく仕分けする

この話は、生成AIの普及によってさらに面白くなってきました。
これまで「人にしかできない」「ベテランだからできる」と思われていた仕事のかなりの部分が、実はそうではなかったことが分かり始めています。

  • 情報を探す
  • 会議を要約する
  • データを整理する
  • 文章を書く
  • 資料のたたき台を作る
  • 過去の事例を探す

「田中さんにしかできない」と思われていた仕事が、実は田中さんしかやり方を知らなかっただけだった。
そんなことも、これから増えていくでしょう。

それなら、どんどんAIやシステムに任せればいいと思います。面白いのは、その先です。

情報収集も、資料作成も、定型業務も田中さんから取り除いた。そのとき、それでも社内や顧客から、

「この案件は田中さんに任せたい」

と言われるでしょうか。もし言われるのであれば、そこに田中さんの本当の価値があります。

ただし、正直に言えば、そう言われない人も出てきます。
定型業務を取り除いた結果、それ以上何も残らなかったという人が実際に出てくることは、避けて通れません。
これは冷たい話に聞こえるかもしれませんが、目を背けるべきではないと思います。

ただ、その場合に必要なのは「その人を切る」という発想ではありません。むしろ、

  • これまで定型業務に埋もれていた時間で、新しい経験を積んでもらう
  • 属人性のある人の仕事を間近で見る機会をつくる
  • 判断や責任を伴う小さな仕事から任せてみる

という育成の話に変わります。AIが仕分けるのは「今その人に属人性があるかどうか」であって、「その人に属人性を育てる余地があるかどうか」までは仕分けてくれません。ここから先は、やはり会社の意思と時間が必要な領域です。

データの矛盾に違和感を覚える。
みんながGOを出しているときに「やめておきましょう」と言う。
社内の人間関係まで考えて物事を動かす。
トラブルになったときには、泥をかぶって前に出る。

こうしたものには、言語化・形式知化できる部分もあるでしょう。
それでも、単純にマニュアルやプロンプトへ置き換えれば済む話ではありません。

AIによって標準化できる仕事が増えれば増えるほど、むしろ「それでも、この人に任せたい」の価値がはっきりしてくるのではないでしょうか。

「誰でもできる会社」は、本当に強いのか

属人化をなくす。仕事を標準化する。誰が担当しても同じ品質で仕事ができるようにする。
多くの業務では、明らかに重要なことです。

しかし、会社のすべての仕事について同じことを目指したらどうなるでしょうか。

営業も誰がやっても同じ。
商品企画も誰がやっても同じ。
採用も、新規事業も、投資判断も、誰がやっても同じ。
それは安定した会社かもしれません。

しかし、同時にこうも思います。

他社と違う会社をつくろうとしているのに、社内では「人による違い」をなくそうとしていないでしょうか。

企業の競争力は、仕組みだけから生まれるものではありません。

  • 「あの人だから、この顧客を口説けた」
  • 「あの人だから、この商品を思いついた」
  • 「あの人だから、あのとき撤退できた」

そういうものも、会社の力です。

人による違いをすべてノイズとして取り除いてしまえば、会社は効率的になるかもしれません。
しかし、同時に少しずつ「その会社らしさ」まで失っていく可能性があります。

属人化と属人性、現場ではどう見分けるか

ここまでの話を、実務で使える形に整理します。
ある業務が「その人にしかできない」状態になっているとき、次の観点で確認してみてください。

確認する視点属人化のサイン(なくすべき)属人性のサイン(活かすべき)
本人に理由を聞くと「引き継いだときからこうだった」「特に理由はない」説明はたどたどしくても、具体的な経験や事例が出てくる
情報のありか本人のメール・頭の中にしかない情報自体は共有されているが、そこからの判断が本人独自
再現性を試すと手順を渡せば、他の人でも同じ結果になりそう同じ手順を渡しても、同じ判断にはたどり着けなさそう
AIに代替させてみると定型部分をAIに渡すと、仕事のほとんどが消える定型部分をAIに渡しても、まだ「この人に頼みたい」核が残る
本人が休んだ場合単純に仕事が止まる仕事は代行できても、意思決定の質や信頼関係の部分が変わる

特に「AIに代替させてみる」は、実際に試せる分かりやすい踏み絵になります。
定型業務をAIやシステムに任せたときに何も残らないなら、それは最初から属人化だったということです。

ITで「田中さんをなくす」のは、少し違う

ITの相談でも、「業務が属人化しているので、システム化したい」という話はよくあります。
その方向性自体は間違っていません。ただ、最初に確認した方がいいと思っていることがあります。

なぜ、その人にしかできないのでしょうか。

情報が共有されていないからなのか。
業務が整理されていないからなのか。
昔から何となくその人がやっているからなのか。
それならITや標準化の出番です。

一方で、経験があるからなのか。
人には見えない違和感に気づくからなのか。
難しい局面で判断できるからなのか。
顧客との関係を築いているからなのか。
最後に責任を引き受けられるからなのか。
だとすれば、やるべきことは少し違います。

田中さんを仕事から外すのではありません。
田中さんでなくてもできる仕事を、田中さんから外すのです。

そうすれば田中さんは、もっと「田中さんにしかできない仕事」に時間を使えるようになります。
ITもAIも、本来はこちらのために使った方が面白いと思います。

「あなたでなくてもいい会社」をつくりたいのか

ここで最初の疑問に戻ります。企業はなぜ、優秀な人を採用するのでしょうか。

誰がやっても同じ仕事をしてもらうためではないはずです。
その人なりの経験、能力、発想、判断を会社の力に変えたいから、コストをかけて採用し、育て、重要な仕事を任せます。

だとすれば、「属人化をなくすこと」と「人による違いをなくすこと」は、明確に分けて考えた方がよいはずです。

会社が弱いから生まれる「属人化」は、なくす。
人が強いから生まれる「属人性」は、会社の武器にする。

業務を標準化する目的は、人を標準化することではありません。
「田中さんでなくてもできる仕事」を田中さんから取り上げて、「田中さんにしかできない仕事」に、もっと田中さんを使う。
ITもAIも、そのために使った方が面白い。

もし今、「うちの業務は属人化している」という話が出ているなら、いきなりマニュアル化やシステム化に着手する前に、一度、社内の「田中さん」たちの仕事を先ほどの表に当てはめてみてください。
なくすべき仕事と、増やすべき仕事が、同じ人の中に混ざっていることに気づくはずです。

そして、

「それでも、この人に任せたい」

と言える人が何人もいる会社は、たぶん強い会社です。


「属人化」と「属人性」の仕分けから、ご相談ください

「業務が属人化しているのでシステム化したい」というご相談は多いのですが、実際に業務を分解してみると、なくすべき属人化と、むしろ会社の強みである属人性が同じ担当者の中に混在しているケースが少なくありません。

この仕分けを誤ると、システム化によって業務効率は上がっても、その会社らしさや競争力まで一緒に削ってしまうことがあります。
オーシャン・アンド・パートナーズでは、業務のどこを標準化・システム化し、どこを人に残すべきかという整理から、システム構想・要件整理・ベンダー選定までをご支援しています。
[「属人化を解消したいが、何を残すべきかも一緒に考えたい」について相談する]

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。

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