IT投資は「コピー機」か、「幹部採用」か?|「できるだけ安く」がシステムをダメにする

「一番安かったので、これにしました」——人を選ぶときにこう言えば、ただの手抜きです。
ところがシステムを選ぶときは、これが立派な意思決定として通ります。

企業が何かを購入するとき、「できるだけ安く」は基本的に正しい考え方です。

コピー用紙や消耗品なら、同じ品質のものが複数あるなら安い方がいい。
コピー機だって、必要な性能や保守条件まで同じなら、相見積もりを取って安い会社を選べばいい。

同じものなら、できるだけ安く買う。購買としては極めて合理的です。

問題は、この感覚をそのまま基幹システムや重要な業務システムにも持ち込んでしまうことです。

システムまで「一番安いところ」でいいのか

基幹システムや業務システムの選定では、こんな光景をよく見ます。

必要な機能をExcelに並べる。
複数のベンダに提案を依頼する。
各社の回答を○、△、×で整理する。
見積金額を横に並べる。

そして最後に、「機能的には大きな違いがないので、安いA社で」となる。

とても合理的に見えます。少なくとも、会議では説明しやすい。

「3社比較しました」
「必要な機能はすべて満たしています」
「その中で最も価格が安い会社を選びました」

これなら、誰からも怒られにくい。そして、失敗しても説明しやすい。

「ちゃんと比較した結果ですから」と言えるからです。
しかし、経営判断として本当にそれでよいのでしょうか。

営業部長も「できるだけ安く」採用しますか

同じことを人材採用で考えてみます。

会社の営業を立て直すために、営業部長を採用するとします。条件は、

  • 法人営業経験10年以上
  • マネジメント経験あり
  • 業界経験あり

だったとします。条件を満たす候補者が3人いました。
Aさんは年収700万円、Bさんは900万円、Cさんは1,200万円

ここで「3人とも要件を満たしています。したがって最安値のAさんを採用します」となったら、誰もがおかしいと気づくはずです。
人事なら、始末書ものの決め方です。
見るのは、たとえばこうした点のはずです。

  • これまで何を実現してきた人なのか
  • どんな組織を作れるのか
  • 自社の課題を理解できるのか
  • 社員を動かせるのか
  • 経営者と議論できるのか

そして「この人に営業を任せたら、会社がどう変わるのか」を見るはずです。

人材採用では、スペックを満たしていることと、成果を出せることは別物だと誰もが知っています。
幹部候補ならなおさら、「できるだけ安い人を採用する」ことが目的になるはずはありません。
ところがITになると、これに近いことが起こります。

ITは「経営投資なのに、購買の顔をしている」

なぜITでは、「できるだけ安く」という発想に引っ張られやすいのでしょうか。

理由は単純です。IT投資が、買い物の顔をしているからです。

製品があります。
機能があります。
価格があります。
見積書があります。
売る会社があり、相見積もりも取れます。

だから自然と、
「必要条件を決める」
「条件を満たす商品を探す」
「価格を比較する」
「条件を満たした中から安いものを選ぶ」
という、コピー機や事務用品を買うときと同じ思考回路に入りやすい。購買としては、正しい手順です。

しかし基幹システムが変われば、会社の業務フローが変わります。
情報の流れが変わり、社員の役割が変わり、経営者に見える数字が変わる。意思決定の速度が変わり、場合によっては顧客へのサービスや、会社の競争力そのものまで変わります。

つまり、IT投資は、経営投資なのに購買の顔をしている。
ここに、IT投資を難しくする一つの原因があります。

○×表が悪いのではない。「○」を同じだと思うことが問題

たとえば、3社から販売管理システムの提案を受けたとします。
A社2,000万円、B社3,000万円、C社4,000万円
数字だけを見れば、A社が圧倒的に安い。

機能比較表もよく使われます。
在庫管理○、売上管理○、顧客管理○、承認機能○。A社も○、B社も○、C社も○。
すると、「機能はほぼ同じですね」となります。
しかし、同じ「○」でも中身はまったく違うことがあります。

  • どんな業務を前提として設計されているのか
  • 例外処理をどう考えているのか
  • データをどう持つのか
  • 変更にどれだけ強いのか
  • 導入を支援する人間が、要求をそのまま聞くのか、それとも業務そのものを見直す提案をしてくれるのか

こうした違いは、Excelのセルにはなかなか入りません。それでも見積書の一番下に書かれた数字だけは、きれいに比較できます。
比較しやすいものだけを比較すると、最後に残るのは価格です。

そして、「A社は2,000万円、B社は3,000万円。A社の方が1,000万円安い」という、非常に分かりやすい話になる。
問題は、○×表でも、相見積もりでもありません。
本来比較しにくいものまで、比較できたと思ってしまうことです。

IT投資は、コピー機より「幹部採用」に近い

もちろん、ITと人材は同じではありません。
また、すべてのITを大げさな経営投資として扱う必要もありません。

PCやプリンター、汎用的なクラウドサービスなど、すでにコモディティ化しているITはいくらでもあります。
そこは安く買えばいい。むしろ徹底的に価格を比較すべきです。
しかし、会社の基幹業務を支えるシステムや、競争力に直結するITまで同じでしょうか。

身も蓋もなく言えば、こうです。

IT投資は、調達という形式ではコモディティに見える。
しかし経営への影響という意味では、人材採用や幹部育成に近い。

  • 優秀な営業責任者を採れば、営業力が変わる
  • 優秀な経理責任者を採れば、数字の見え方が変わる
  • 優秀な幹部を育てれば、会社の意思決定能力が変わる

だから、「できるだけ安い人材を採用しよう」とは考えない。
ところがITでは、「できるだけ安いシステムを導入しよう」という言葉が、かなり自然に会議を通ってしまいます。
ここには、もう少し違和感を持ってもよいのではないでしょうか。

IT導入とは、機能を調達することではなく、自社の組織とプロセスをどう作り直すかを選ぶことです。

「安く買った」のツケは、見積書の外に出る

こういう話をすると、「では、高いシステムを買えばいいのか」となりがちです。

もちろん違います。100万円で十分なものに1,000万円を払う必要はありません。
ベンダの言い値で発注する必要もなく、不要な機能を山ほど載せた巨大システムを作る必要もありません。価格は厳しく見るべきです。
ただし、価格を見る前に、価値を見ようというだけの話です。

何を実現したいのか。会社をどう変えたいのか。そのために何が必要なのか。
その実現に2,000万円かかるのか、3,000万円かかるのか。
この順番なら、投資判断になります。

最初から「予算は2,000万円なので、その範囲で一番いいものを」だけで始めると、いつの間にか「会社をどう変えるか」より「2,000万円に収めること」がプロジェクトの目的になります。

たとえば、3,000万円のシステムを2,500万円に抑えたとします。
500万円のコスト削減です。発注時点では、これは立派な成果に見えます。

表彰されるのは、たいてい値切った人であって、3年後に尻拭いをする人ではありません。
しかし、その結果として現場に手作業が残ったらどうでしょうか。

  • システムから出したデータを毎月Excelに転記する
  • 部門ごとに別々の数字を管理する
  • システムで対応できない例外処理を特定の社員がカバーする
  • 少し業務が変わるたびに追加改修を依頼する

そして3年後、「やはりこのシステムでは限界です」となり、再構築する。

最初に削った500万円が、本当に500万円の削減だったのかは分かりません。

見積書には2,500万円と書かれています。
しかし、そのシステムを使う5年間に社員がExcelで何時間作業するのかは書かれていません。
追加改修が何回発生するのかも、属人化した業務がどれだけ残るのかも書かれていません。
ましてや、3年後に作り直すことになるかどうかなど書かれていません。

IT投資で本当に怖いのは、高い見積書ではありません。安い見積書の外側にあるコストです。
安い見積書と、安いIT投資は同じではありません。

機能一覧を閉じて、「何を捨てられるか」を問う

では、価格や機能一覧ではなく何を見ればよいのか。
選定のときに投げかける「問い」を、次の3つに変えるだけで、かなり違ってくると思います。

  • 機能の有無ではなく、「そのシステムに合わせて、自社のどの無駄な業務を捨てられるか」で選ぶ
  • 見積金額(イニシャル)ではなく、「5年間の運用保守費+改修費+現場の手作業人件費(TCO)」で比較する
  • ベンダの規模ではなく、「自社の業務課題に対してノーと言ってくれるパートナーか」で選ぶ

手入力、Excelへの転記、二重チェック、紙の押印、部門ごとの数字管理——こうした業務をやめられるかどうかは、「何ができるか」よりもはっきりと、会社がどう変わるかを映し出す物差しです。

見積書の一番下の数字ではなく、そのシステムと5年間付き合ったときに会社に何が残るのかを見る。
業務が標準化されるのか、データが蓄積されるのか、事業が変化しても使い続けられるのか——
初期費用の差額だけでは、ここは分かりません。

こちらの要望をすべて「対応します」と受けてくれるベンダは、一見親切です。
しかし、「その帳票、本当に必要ですか」「その例外処理は、システム化するよりやめませんか」と言ってくれる相手の方が、会社にとって価値があることがあります。
会社の仕事の仕方そのものを変えるITなら、注文どおりに作る能力だけでなく、注文そのものを一緒に考えられる能力も重要です。

システム選びの前に、物差しを選ぶ

ここまで書いてきたことは、「高いシステムを買え」という話ではありません。

コモディティ化されたITなら、条件を揃えて価格競争させればいい。ベンダの見積もりだって厳しく精査すべきです。
ただ、会社の業務や競争力を左右するITまで、コピー機や消耗品と同じ物差しで選ぶ必要はありません。

幹部を採用するときには、「この人はいくらか」だけでなく、「この人に任せたら、会社がどう変わるか」を考えます。
ならば基幹システムや重要な業務システムを選ぶときにも、

「これを導入したら、会社がどう変わるのか」

くらいは考えてもいい。

  • 何ができるかではなく、何をやめられるか
  • いくらで導入できるかではなく、5年間で何が残るか
  • 要望を聞いてくれるかではなく、必要ならノーと言ってくれるか

会社の5年後、10年後を左右するシステムを、コピー機を買うように選んでしまう。IT投資の失敗は、たいていそこから静かに始まっています。

そのシステム、「価格」で選ぶ前に。

見積りを比較する前に、まず考えたいことがあります。

このIT投資で、会社の何を変えたいのか。

必要な機能、予算、ベンダ選定は、その後です。
私たちは製品を売る立場ではなく、発注側に立って「何に投資すべきか」「何を物差しに選ぶべきか」から一緒に整理します。

[IT投資の「物差し」を相談する]

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。

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