朝令暮改する社長は、本当にダメな社長なのか?

食料品の消費税減税をめぐる議論を見ていて、引っかかっていることがあります。

「選挙で約束したことなのだから、実行すべきだ」

という考え方です。

もちろん、公約は軽いものではありません。選挙のときだけ耳当たりのよいことを言い、終わったら簡単に撤回する。
それでは、有権者は何を材料に投票すればよいのか、という話になります。

一方で、私は以前、このコラムで食料品の消費税減税について考察しました。
「日本のシステムは恥ずかしい」のか?──食料品減税を巡る本当の論点

そこで気になったのは、減税そのものの是非だけではありません。
税率を変更するにあたっては、次のような論点があります。

  • 社会全体のシステム対応
  • 事業者の実務負担
  • 財源
  • 時限措置であれば、終了時にもう一度発生する変更

その後の議論でも、財政や為替、経済への影響など、さまざまな論点が示されています。
もちろん、それらを考慮しても実施すべきだ、という考え方はあります。
ただ、私はここで一度、もっと手前に戻って考えたくなります。

そもそも、何のための減税だったのでしょう。

物価高などによって負担が増している生活者を支援することが目的なら、「食料品の消費税率を下げること」自体が目的ではありません。

生活者の負担を、どうすれば効果的に軽減できるのか。
本来考えるべきなのはこちらのはずです。

だとすれば、検討を進める中で、当初は十分に見えていなかったコストや副作用が分かってきたとき。
あるいは、同じ目的を達成するための別の方法が見えてきたとき。

それでも、「消費税を下げると約束したのだから、下げなければならない」のでしょうか。

ここで、私の頭に浮かんだ言葉があります。

朝令暮改。

政治と経営は、もちろん同じではない

先に断っておくと、政治の公約と企業の経営判断を同列に扱うつもりはありません。

公約には、有権者がそれを投票判断の材料にしたという重みがあります。選挙で掲げた政策を、政権を取った途端に理由もなく撤回する。それを「状況が変わりました」の一言で済ませてよいはずもありません。

企業経営とは、ステークホルダーも意思決定の仕組みも違います。

その違いを承知したうえで、あえて一つだけ、同じ問いを置いてみたいと思います。

約束した時点では見えていなかった事実が、その後に見えてきたとき、それでも約束した「手段」を実行することが誠実なのか。

これを企業経営に置き換えてみます。

「一度決めたことだから、やります」

ある社長が、年初にこう宣言したとします。

「今年は新規事業に1億円投資する」

ところが半年後、市場環境が大きく変わった。想定していた需要がなくなり、原材料価格も上がった。強力な競合サービスも登場した。そして、当初の事業計画では採算が合わないことも分かってきた。

それでも社長は言います。

「社員に約束したことだから、1億円投資する」

さて。

これは「約束を守る立派な経営者」でしょうか。

それとも、「前提が変わったのに、過去の自分の発言に縛られている経営者」でしょうか。

政治の世界では「朝令暮改するな」と言われます。

ところが企業経営では、状況が変わったのに判断を変えないことのほうが問題になる場合があります。

ただし、「朝令暮改なら何でもよい」ではない

ここで誤解のないようにしておきたいことがあります。

私も、「朝令暮改する社長」が良いと思っているわけではありません。

月曜日には「これからは新規営業だ」と言い、火曜日には「やっぱり既存顧客を大切にしよう」と言う。水曜日には「いや、今は利益率だ」と言い始める。

しかも、特に新しい情報が入ったわけでもない。

単に社長が昨日読んだ本や、今日会った人の話に影響されている。

現場からすれば、たまったものではありません。

これは「柔軟な経営」ではなく、単なる迷走です。

私が考えたいのは、その逆です。

目的は変わっていない。
しかし、前提が変わった。
だから、手段を変える。

この二つまで同じ「朝令暮改」として批判してよいのでしょうか。

経営判断には「前提」がある

経営者は未来を知っているわけではありません。

その時点で分かっている市場環境、顧客ニーズ、競合、技術、コスト、人材、資金などから、「現時点では、これが最も合理的だ」と判断します。

つまり、経営判断には必ず前提があります。

ところが、意思決定をしたあと、組織に残るのはたいてい「結論」です。

  • 「新規事業に1億円投資する」
  • 「ECサイトを刷新する」
  • 「この機能を開発する」
  • 「このシステムを導入する」

一方、

なぜ、その結論になったのか。

こちらは意外と残りません。

「ECサイトを刷新する」が目的になる

たとえば、ある会社が「顧客の利便性を高めたい」と考えたとします。

検討した結果、「ECサイトを全面刷新しよう」と決めた。

ところが調査を進めてみると、問題はECサイトそのものではなかった。

  • 受注後の在庫確認に時間がかかっている
  • 配送指示が人手になっている
  • 店舗とECで顧客情報が分断されている

顧客が不便を感じていた原因は、ECサイトの画面ではなく、その裏側の業務プロセスにあった。

それでも、

「ECサイトを刷新すると経営会議で決めたから」

と、そのままプロジェクトを進めるのでしょうか。

本来の目的は「ECサイトを刷新すること」ではありません。

「顧客の利便性を高めること」だったはずです。

目的を守ろうとすれば、むしろ「ECサイト全面刷新」という判断を撤回することさえあり得ます。

経営判断がプロジェクトになると、手段は固まり始める

この「目的より、一度決めた手段のほうが強くなる」という現象は、経営会議だけで起きるものではありません。

むしろ、経営判断が具体的なプロジェクトに落ちていくほど、手段は変更しにくくなります。

  • 予算がつく
  • 担当者が決まる
  • ベンダーと契約する
  • スケジュールが引かれる

そしてシステム開発では、それが「要件」になります。

ここまで来ると、最初は目的を達成するための手段だったものが、いつの間にか「守るべき決定事項」に変わります。

  • 「要件定義で決めました」
  • 「経営会議で承認されています」
  • 「RFPに書いてあります」
  • 「当初計画では、この機能を作ることになっています」

どれも間違った言葉ではありません。

予算も納期もあり、多くの関係者が動いている以上、決定事項が毎日のように変わってはプロジェクトになりません。

しかし、半年もプロジェクトを進めれば、新しく分かることがあります。

  • 業務を詳しく調べたら、想定していた運用と違った
  • ユーザーに聞いたら、その機能はほとんど使われていなかった
  • 別のシステムとの連携方法が変わった
  • 会社の事業方針そのものが変わった

それでも、

「要件定義書に書いてあるから作る」

のでしょうか。

決定事項には「賞味期限」がある

私は、システム開発に限らず、経営上の決定事項にはある種の「賞味期限」があると考えています。

もちろん、「3か月たったから、この決定は無効」という意味ではありません。

その判断を成立させていた前提条件が生きている間は有効という意味です。

たとえば議事録に、

「在庫照会機能を開発する」

とだけ残すのではなく、

「店舗側ではリアルタイムに在庫を確認できないため、EC側に在庫照会機能を設ける」

と残しておく。

半年後、店舗側の仕組みが変わったら、こう聞けます。

「その前提、まだ生きていますか?」

前提がなくなっているのに、結論だけを守り続ける。

案外、いろいろなプロジェクトで起きていることです。

「何を決めたか」だけを管理しない

だから、重要な意思決定では「何を決めたか」だけでなく、少なくとも三つのことを残しておく必要があります。

  1. なぜ決めたのか。
  2. どんな前提で決めたのか。
  3. どんな状況になったら見直すのか。

たとえば新規事業への1億円投資なら、次のような前提があるかもしれません。

  • 市場が年間○%成長すること
  • 粗利率○%を確保できること
  • 半年後までに一定数の顧客を獲得できること

その前提が崩れたら、判断を見直す。

これは「一度決めたことを簡単に変えた」のではありません。

最初から、判断条件に従って判断を更新した。

ということです。

意思決定の質を高めようとするなら、決定事項だけではなく、「決定の前提」を管理する。

ここまでが、意思決定なのだと思います。

では、「公約を守る」とは何なのか

ここで最初の消費税減税の話に戻ります。

私は、「公約だから変えてよい」と言いたいわけではありません。

むしろ、公約だからこそ、変えるのであれば重い説明責任が伴います。

  • なぜ当時、その政策を選んだのか
  • その後、何が分かったのか
  • 当時の前提のうち、何が変わったのか
  • そして、本来実現しようとしていた目的を、今はどの方法で実現しようとしているのか

そこまで説明して初めて、「判断を変えた」と言えるはずです。

一方で、

「約束したのだから、状況が変わっても実行する」

それは本当に、有権者に対する誠実さなのでしょうか。

公約を守ることは重要です。

しかし、公約で示した「手段」を守ることと、その公約によって実現しようとした「目的」を守ることは、必ずしも同じではありません。

手段を守った結果、目的から遠ざかる。

それでも「公約を守った」と評価してよいのか。

私が消費税減税の議論で引っかかっているのは、まさにここです。

「その前提、まだ生きていますか?」

「昨日と言っていることが違う」

普通は、批判の言葉です。

しかし、昨日と今日で前提が違っているのなら、昨日と同じことを言い続けるほうが不自然な場合があります。

大切なのは、何でも変えることではありません。

何を変えてはいけないのかを、はっきりさせることです。

目的は簡単に変えない。

しかし、その目的を実現するための手段は、前提が変われば見直す。

そのためには、「何を決めたか」だけでは足りません。

なぜ決めたのか。どんな前提で決めたのか。

そこまで残しておく。

そして、ときどき問い直す。

「その前提、まだ生きていますか?」

前提が死んでいるのに、過去の判断だけを守り続ける。

それは一貫性ではありません。

一貫性とは、昨日言ったことを今日も言い続けることではない。

何のために、その判断をしたのか。

そこに一貫していることです。

目的を守るために、必要なら過去の判断を捨てる。

それもまた、リーダーに必要な意思決定だと考えています。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。

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