システムには、思想が実装されている。―コンビニのPOSレジに見る、要件定義より手前の話

レジのボタン一つに、思想がある
2018年、コンビニ大手2社の新型POSレジをめぐって、対照的な方針が報じられました。
店員が客の見た目から年代や性別を判断して入力する「客層キー」についてです。
- ファミリーマートは廃止を決定
- セブン‐イレブンは継続する方針
先日お会いした竹林昇さんが、当時のコラムでこの違いを取り上げています。
8年前の記事ですが、その着眼点は今も全く色あせていません。
同氏は、会員カードなどから顧客の属性情報を取得できることや、店員の判断・入力を省略できることを、客層キー廃止の合理性として挙げています。
では、そもそもセブン‐イレブンは、なぜこの仕組みを導入したのでしょうか。
同氏は、客層キーを企画・導入した同社の初代システム部長に、その狙いを直接尋ねたことがあるそうです。
そこで語られたのは、人間の消費行動についての一つの仮説でした。
人は、自分がどう見られたいかによって装いや振る舞いを変え、その見た目に応じた消費行動を取るのではないか。
そう考えると、会員カードに登録された実年齢と、店員が見た目から判断した年代は、そもそも異なる情報になります。
客層キーは、実年齢を調べるための精度の低い代用品ではありません。
購買行動を別の角度から理解するための情報なのです。
ここで注目したいのは、仮説そのものの正否ではありません。
顧客をどう理解するかという考え方が、POSレジのボタン一つの仕様を決めていたことです。
仕様の前には、何があるのか
システムの仕様は、技術的な合理性だけで決まるわけではありません。
- 何を知りたいのか
- 何を重視するのか
- 何を人間に任せ、何を機械に任せるのか
その判断によって、必要な機能も、集めるデータも変わります。
先ほどのPOSレジでいえば、「人は見た目に応じた消費行動を取るのではないか」という仮説がありました。
そしてその仮説に基づいて、店員が捉えた顧客の見た目を販売分析に活用する、という設計思想がありました。
仮説と設計思想は同じではありません。
- 仮説は、事実によって確かめるべきもの
- 設計思想は、その仮説や価値判断を踏まえて、システムをどう作るかという方針
そして、さらにその手前には、人間や商売をどう捉えるかという、哲学に近い問いがあります。
これらが具体的な業務ルールとなり、システムの仕様になっていきます。
仕様とは、何らかの判断が具体的な形を取ったものなのです。
思想もまた、運用で検証されなければならない
ただし、明確な設計思想があれば、それで十分というわけではありません。
セブン‐イレブンの客層キーも同じです。
見た目と購買行動に関係があるという仮説があっても、実際に有用な情報が得られるかどうかは別問題です。
- 店員による判断には、どの程度のばらつきがあるのか
- 入力の負担に見合う価値があるのか
- その情報は、実際の品揃えや商品開発に役立っているのか
こうしたことは、運用から得られた事実によって確かめる必要があります。
仮説が成り立たなければ、設計思想も見直す。
反対に、想定していなかった価値が見つかれば、思想そのものが発展することもあるでしょう。
思想が仕様を生み、仕様が運用を生み、運用から得られた事実が、思想を問い直す。
システムと経営は、本来そういう関係にあるはずです。
「昔からそうなっています」
ところが、実際のシステム刷新の現場では、この循環が途切れていることが少なくありません。
「なぜ、この承認が必要なのですか」
「なぜ、顧客ごとにこれほど複雑な価格設定があるのですか」
そう尋ねると、
「昔からそうなっています」
という答えが返ってくることがあります。
もちろん、最初から理由がなかったわけではないでしょう。
- ある時代の経営判断だったのかもしれない
- 特定の顧客との約束だったのかもしれない
- 過去のトラブルを防ぐための工夫だったのかもしれない
それが業務ルールになり、システムに組み込まれ、やがて背景を知る人がいなくなります。
残されたルールは、理由を問われることなく引き継がれていきます。
そしてシステム刷新の際には、「現行業務の棚卸し」によって、当然の要件として整理されます。
最新のシステムで、過去の経営判断を忠実に再現する。
それが必要な場合もあります。
しかし、かつて合理的だった判断が、現在も合理的であるとは限りません。
問題は、古いルールが残っていることではありません。
そのルールを生み出した前提が、今でも通用するのかを確かめないことです。
要件定義の前に、問うべきこと
例えば、顧客ごとに複雑な価格設定があるとします。
現場から見れば、それは販売管理システムに必要な機能です。
しかし、なぜ顧客ごとに価格が違うのでしょうか。
- 取引量に応じた合理的な価格体系なのか
- 顧客との長期的な関係を重視する営業方針なのか
- それとも、過去の個別交渉の結果が整理されずに残っているだけなのか
同じ「顧客別価格管理」という要件でも、背景によって設計の方向は変わります。
競争力の源泉であれば、柔軟に維持できる仕組みが必要でしょう。
一方、過去の経緯が積み重なっただけなら、価格体系そのものを整理する余地があります。
ここで問うべきは、「その機能が必要か」だけではありません。
- なぜ、その仕組みが必要になったのか
- 何を実現するための判断だったのか
- その判断は、今でも妥当なのか
こうした問いは、通常の機能要件よりも手前にあります。
ITシステムの超上流とは、単に要件定義を早い段階から始めることではありません。
要件を生み出している前提や価値判断を明らかにし、その妥当性を問い直すこと。
そこに、本来の仕事があるのではないでしょうか。
そのボタンは、誰の思想で動いているのか
AIの普及によって、システムで実現できることは急速に増えています。
かつては人間が判断していたことも、技術的には自動化できる場面が増えました。
しかし、できることが増えたからといって、何をするべきかが明らかになるわけではありません。
むしろ、選択肢が増えるほど、何を大切にするのかという判断が重要になります。
そして、その判断も、事業環境や顧客の変化に応じて見直さなければなりません。
優れたシステムとは、最新技術を使ったシステムでも、機能を網羅したシステムでもありません。
- 何を実現したいのかが明確で、その考え方が具体的な仕様に表れていること
- その前提が変わったときには、仕様だけでなく、考え方そのものを見直せること
コンビニのレジにある、たった一つのボタン。
そのボタンが生まれた背景には、人間の消費行動についての仮説と、それを形にした設計思想がありました。
では、自社のシステムはどうでしょうか。
その仕様は、誰の、どんな判断から生まれたものなのでしょうか。
そして、その判断は、今でも正しいのでしょうか。
参考・着想元
竹林昇氏「人は見た目がすべて?:コンビニPOSの客層キーから考える」(2018年5月23日)
※POSレジに関する記述は2018年当時の事例に基づいており、現在の各社の仕様を説明するものではありません。
この記事を書いた人について

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オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事
富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。
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